兄からの手紙
列車の車内は、イキ以外の乗客は誰もいないというのにご丁寧に暖房が効いていた。
イキはマフラーを外し、コートを脱いで窓の外を眺めながら、胸の高鳴りを落ち着かせようとした。
ここまでは計画通り、問題はこれからだな。
何せ、これからの計画は一切決まっていない。
到着駅がどういう場所なのかさっぱり分からず、自宅を出発するところから電車に乗るところまでしか計画を立てていなかったのだ。
ただ1つ決まっていることと言えば、この一人旅の目的くらいである。
目的は「知らないことを知ること」。
きっかけは、兄から届いた手紙に同封されていた写真だった。
イキの住む街では、どんなに寒くても雪が降ることはなかった。
それはイキが生まれるずっと前かららしく、父でさえも雪が降るのを見たことがないという。
冬が訪れると雪が降らないかと勝手に期待しては、勝手に裏切られた気分を味わうのが通例だ。
そんな中、家を出て連絡を絶っていた兄からイキ宛に手紙が届いた。
一体何年ぶりだっただろうか。
宛名を見たイキは大急ぎで封を切り、手紙を取り出した。
元気に過ごしているか、風邪は引いていないかという内容で、相変わらず無骨な兄に思わず口元を緩めたものだ。
父と母にも手紙を読ませようと思ったところ、ふと手紙以外に写真が入っているのに気がついた。
写っているのは、大雪に覆われた町。
ビルやマンションで埋まっているイキの住む街とは真逆の、のどかそうな町が真っ白に染まっている写真だった。
おそらく兄の住むアパートの窓から撮影したのだろう。
ポツリポツリと建つ家々を見下ろし、画面の遠くには、凍っているのではないかと思うほど冷たい顔をした海がチラリと写っている。
こんな場所に兄はいるのか。
家出同然で飛び出した兄は、両親にもイキにも居場所を教えていない。
ただ、この写真のお陰で兄が北へいることが知れた。
雪の降る北へ行けば、兄に会えるかもしれない。
会えなくてもいい、兄のいる場所と同じように、雪で覆われる場所へ行ってみたい。
そんな単純な動機で、イキは今回の一人旅を決意したのだった。
母が知ったら、おそらく泣くであろう。
兄だけではなく、イキも自分のそばから離れてしまったのか、と。
リュックにしのばせておいたその写真を取り出し、車窓の景色と見比べてみる。
雪など降りそうもないほど明るくなってきた空に、イキは若干の不安を覚えた。
でも、到着するまでまだ何時間もあるんだ。
そのうちに空模様も変わるだろう、と、不謹慎ながら天候が悪化することを願い、写真をそっとしまった。
ガタンガタンと揺れるのが心地よく、イキは少し寝てしまおうとリュックを枕に体を横たえた。
すでに1時間は乗っているだろうか、それでも乗客は乗ってこない。
まどろむ頭で、そうか、この時期に北へ行く人は少ないだろうなと考える。
それなら好都合だ。
知り合いに会いでもしたら、真っ先に家族に知られてしまうもんな。
イキは暖かい車内で、静かに目を閉じた。