魔女のまったりスローライフ
気がつくと、私は真っ白な空間に立っていた。
床も壁も天井もなく、ただ白いだけの場所。
「……え?」
戸惑う私の前に、小学生くらいの少女が現れた。
「おはよう。君は死んだよ」
淡々と告げられたその言葉に、なぜか否定する気は起きなかった。
通勤途中の事故。即死。痛みはほとんどなかったらしい。
「だからね、次の人生をあげる」
「……次?」
「転生。よくあるでしょ?」
よくはない、と言いかけて、私は口を閉じた。
代わりに浮かんだのは、ずっと胸の奥にしまい込んでいた願いだった。
「……魔女になりたい」
誰にも縛られず、自分のペースで生きられる存在。
理由はそれだけで、十分だった。
「いいね」
少女は指を鳴らし、白い世界が光に溶けていった。
⸻
次に目を開けたとき、私は森の中にいた。
青い空、やわらかな風、土と木の匂い。
紺色のワンピースに、とんがり帽子。
――私は、本当に魔女になっていた。
森の中の小さな家は、木のぬくもりに満ちていた。
魔道書、杖、庭に咲く花々。
試しに呪文を唱えると、手のひらに小さな光が灯る。
「……できた」
それだけで、胸が少し軽くなった。
⸻
日々は、驚くほど穏やかに過ぎていった。
水の魔法で水を汲み、
風の魔法で家を掃除し、
火の魔法で簡単な料理を作る。
魔法は世界を変えるほど強くない。
でも、暮らしを少し楽にしてくれる。
森を歩けば、ウサギやリス、小鳥たちが姿を見せる。
妖精たちは光の粒になって、私の周りをくるくると飛び回った。
私は命令しない。
ただ、同じ場所にいるだけ。
それだけで、森は私を拒まなかった。
⸻
ある日の夕方、丘の上で森を眺めながら、私はふと思う。
(……不思議だな)
会社員だった頃は、
何かを成し遂げなければ、
役に立たなければ、
生きている意味がない気がしていた。
でも、今は違う。
水を汲み、
花に水をやり、
仲間たちと同じ時間を過ごす。
それだけで、心が満たされている。
夜、星空の下で小さな光を灯しながら、私は静かに呟いた。
「……ここでいい」
元の世界に戻りたいとは、もう思わなかった。
この森で、
魔法と共に、
ゆっくり生きていく。
それが、私の選んだ人生だ。
森のざわめきが、答えるように優しく揺れた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




