第2話 妹が俺を「食べたい」理由
もしかすると料理をしているうちに俺より美味しいものが、この世の中には多いことに気付いてくれるかもしれない。そのことに俺は少しだけ期待している。俺もまだこの世に未練が多くあるからだ。
「おにーちゃんからのリクエストはないの?」
「牛が僕をステーキにしてね? なんて言うと思っているのか?」
「おにーちゃんは牛と話せるの?」
「もちろん、話せない」
「じゃあ、牛さんだって僕の美味しい食べ方はステーキじゃなくてすき焼きだよ、って言ってるかもしれないじゃん。おにーちゃんの美味しい食べ方は何なの?」
「俺はどうやっても不味い! というか、食べないでくれ!」
俺のその言葉を聞くと妹は露骨に不満げな顔をした。どうしても俺も食べたいらしい。
「何度も訊くが、どうして俺を食べたいんだ?」
妹は満面の笑みで「大好きだからだよ!」と言った。
妹の意思はどうも固いらしい。
そもそも犯罪だよっていう言葉はきっと妹には届かない。
その言葉が届いているなら今の俺は平穏な生活を過ごせているに違いない。
「俺は不味いと思うぞ」
「だから美味しく食べてあげたいんだ!」
「それに俺は一人しかこの世に存在しないぞ。俺を食べてしまったら“大好き”なものがこの世から消えてしまうことになるが、それはいいのか?」
すると、妹は少し考え込んだ。
もしかすると、この方向から諭すことができるかもしれないと思った。
「それは悩みどころだね……。大好きなのに食べてしまうとなくなってしまうのは」
やはりこれは妹に効いている。
「でも、他の人に食べられるのは嫌だから私が食べてあげないと駄目だと思うんだよね」
妹の他に好物が人間の人なんていないと思うのだが……。何か大きな勘違いを妹はしているのかもしれない。
俺に彼女が出来たらその彼女に俺が食べられると思っているのだろうか。
まさか! 俺が思っているより女という生き物は凶暴で男を食べて生きているのか!?
映画じゃあるまいし、そんなわけあるか! と俺は自分にツッコミを入れてしまった。
「それに大好きなおにーちゃんを食べることで、大好きなおにーちゃんを私だけのものにしたいのだよね。おにーちゃんを食べるっていう経験を私しかできなくなるわけだからね」
妹の思考がよくない方向に流れてしまっている。
諭すつもりが……これはよろしくない。
どうするべきなのだろう。
「あっ、もうこんな時間だ! 学校に遅れてしまうぞ! 妹よ!」
時間がないことを言い訳にして誤魔化すことにするのであった。
どうにかして妹に俺のことを諦めさせたいのだが……。まだまだ道は険しい事を俺は改めて知った。
(続く)