ストーカー11 二ついた「ゴウキ」
「あ、ううんいいんだ。忘れられてるだろうと思って僕も言えなかったし」
言いながら渡辺にティッシュを差し出し、渡辺はそれを鼻につめる。急に二人が微妙な空気になる。つまり、目の前にいるのは自分に迷惑な存在であるストーカーではなく再会を願っていた幼馴染であることがわかり、完全に運命の再会状態になっている。渡辺に鼻栓がなければ間抜けな絵ではないのだが。
(あ、なんかスゲー嫌な予感してきた)
ゲッソリと脱力感が体を襲う。たぶん、というか間違いなくストーカーから正式な恋人になるのは時間の問題な気がする。ここまでの調査時間と演技と苦労は一体なんだったのかと空しさが広がる。
「えーっと一応お聞きしますが、中根さんどうしますか」
「え? ああ、いえ、警察には連絡しません。ちゃんと彼と話し合ってみます。あ、依頼料金はちゃんと支払います」
「あっそう」
じゃあもういいやと半ばヤケクソ気味に荷物をまとめるとようやく辿りついた小杉がドアを開け、カメラを構えて写真を撮る。しかし小杉の目に映ったのは至近距離のアルパカの顔面で、大爆笑しながらその場にしゃがみ込んでしまった。
中嶋のところに戻った一華はげんなりと落ち込む中嶋と小杉を見つけ首を傾げる。中嶋のところに瞬間的に移動したので、てっきり依頼人の女性の部屋に行ったと思ったらもう事務所に戻っていたのだ。
事情を聞き、一華は笑い転げた。アルパカもそうだが事の顛末にだ。
『結局サトちゃんたちのやった事って一体、って感じ! あははは! あの部屋にあった写真って中根さんと渡辺さんの子供の頃の写真だったんだね!』
「いろいろ納得はできないが、金は払ってもらえるし警察沙汰にもならずに面倒ではなくなったからいい。さすがにあの場に二人だけを残してなんかあっても嫌だから、依頼人の友達を部屋に呼んでもらって三人で話合いさせることにした。ちなみにこの友達も幼稚園からの付き合いで渡辺の事覚えてるそうだ」
「確かにとんだ茶番になりましたけど、サトさんの言うとおり警察沙汰になるよりはマシですよ。ある意味丸く収まったしいいんじゃないでしょうか。何もないところで爆笑した私のほうが完全に変な人を見る目で見られましたけどね……」
二人とも無理やり自分を納得させるようにボソボソとしゃべる。仕事上痴話喧嘩に巻き込まれる事は多々あるが、この手のパターンはなかったので精神的ダメージが大きいようだ。中嶋はチッと舌打ちをした。
「そんな十何年ぶりに再会した奴だって分かった途端お目々キラキラにさせて嬉しがるか普通? エロイ下着しろだの覗きしてた奴だぞ? 普通にキモいだろ理解できねえ」
『結構頭の中が少女マンガみたいな人だったってことでしょ、たぶん。好きな人からは覗かれても嬉しいし下着のリクエストもらっても嬉しい、かなあ? いやゴメンやっぱわかんない』
「そういえば一華の方はどうだった、何かあったか」
中嶋が聞くと一華は困ったように眉を寄せた。
『それが渡辺さんが出て行ってすぐに部屋に行ったのに何もなかったんですよね。確かに紙を四枚使ってたのに、きれいさっぱり』
「使ったら消えちまう物なのかもな。じゃあ今回はこれで終了でいいや。両思いになったならあの男もゴウキ使わないだろうし、自分で処分するだろ」
『はーい。じゃあサトちゃんも綾さんもお疲れ様でした』
モヤっとしたものは残るが、確かに小杉の言うとおり一番良い形では片がついた。これ以上突かない方が良さそうだ、佐藤も小杉の祖母も関わらないほうがいいという忠告をしてくれているのだから。カメラに写ったアルパカを見ながら小杉は首を傾げる。
「おばあちゃん、どうやってゴウキを捕まえたんだろう」
「やっぱそう思うよな。聞いといてくれ」
数日後、料金の支払いと事後報告に来た依頼人の話により本当に二人が付き合うことになったこと、二人で同棲するためにあの部屋を引っ越す事を聞いた。業務が済めば後は二人の問題、こちらが関わることではないのでお幸せにとだけ告げてようやくすべてが終了となった。
一華も小杉も次の業務が入ったので急がしそうにバタバタとしている。バカップルのことなど気にする様子もないようだ。小杉も「自分が感じた悪寒の正体は本当にアルパカだったのか?」と疑問を口にする事も無い。アルパカが悪寒の原因なら、あの時小杉は体調不良になっていたはずだ。小杉も気づいているのだろう。
もちろん、小杉が感じた悪寒はアルパカなどではない。漢字が二つ存在したゴウキ。この二つはまったくの別物だったという事だ。




