生霊9 めでたし、なのかな?
女性が消えた後を見届けると、中嶋が一華の憑依を解く。外に出た一華は総弦と中嶋の行動を見守った。男の部屋に難なく侵入する為に一緒に来たのだが、具体的に何をするかは聞いておらず特に指示もなかったので後は二人に任せるしかない。いずれにしても男は痛めつけ、女性は戻った。
「これにてめでたしめでたし。後は」
中嶋が小さく呟いて総弦に近づこうとすると。
「そうだな、後はこのクソを殺せばハッピーエンドだ」
左手で男の胸倉を掴み、右手はチョキの人差し指と中指をくっつけた状態にして男の頭上にもってくる。一華には何をしようとしているのかわからないが、わかったらしい中嶋が総弦の頭にチョップを入れた。
「いて!」
「生きてる奴に九字を切るな」
「トドメだ」
「アホなこと言ってないでさっさと戻せ」
見れば男の魂は完全に沈黙、白目をむいている。魂が気絶するというのもよくわからないが、タフな霊体が意識を失ったのだから相当凄いダメージだったのだろう。法力が凄いのか、単純にタコ殴りが凄まじかったのか。
総弦は舌打ちをすると数珠を片手に何かを呟き始める。すると男の魂がスゥっと肉体に入り、何事もなかったかのようにあたりは静まり返った。男が悪夢にうなされ飛び起きてもいやなので、中嶋たちは早々に部屋を出て車で現場を離れる。
『あの人大丈夫かな』
「多少勘が鋭ければ今のを夢か記憶かで覚えてるだろうな。記憶にないかもしれないがそれはわからん。俺らは依頼終了してるし、やり残したことはないからいいんじゃないのか」
中嶋たちの仕事はあくまで依頼の達成だ。彼らの背景を知ったからといってそれをどうにかすることではない。今回の総弦の行動が余計にも思えるが、生霊が消えてしまえばこちらに何らかの被害は起こらないだろうから自分達にとっては一番良い結末と言える。
「納得できないか?」
女性の心はある程度救われても体はいまだ入院中だ。借金も残ったまま、依頼は解決してもその他は何も変わっていない。
その事に一華が心を痛めてるかと思い、中嶋が問うが意外にも一華は首を振る。
『え? 別になんとも。ああ終わったなーってしか思ってない』
「最近の未成年はドライだなあ。まあその方がこっちも仕事しやすいけど人間関係に淡白だよなあ」
『そんなの自分に関係ない事なんだから当然。体壊したのは可哀想だなあと思うけど、じゃあリハビリから見舞いから全部やるかって聞かれたら答えはNOです』
現代っ子らしい人間関係の希薄さに中嶋は苦笑するしかない。中嶋はオンラインでのコミュニケーションツールを使っていないのでわからないが、いつでも切れる後腐れのない友達を好む現代の状況はあまり理解できない。仕事などでそういう事をやるのならまだしも、プライベートでそれだというのだ。
知り合いから聞いた話では、最近の子供はどれだけ仲良く遊んでいてもクラス替えで違うクラスになっただけでもう友達ではなくなっていると聞いたことがある。自分が学生の頃は違うクラスに堂々と入って友人といつサボるか相談していたものだ。
『ま、これで解決ならマンチカンは総弦さんのだね。これからつれて帰るんでしょ?』
「おう」
一言だけだったが、その声が弾んでいるのはその場にいる二人にはよくわかった。何せ毎日通って子猫にエサを与えていたのだ。曰く、「他の奴が世話したらそいつに懐くから絶対触るな」とのことで事務所全体に子猫お触り禁止令が出ていたくらいだ。その甲斐あってか子猫は総弦に一番懐いている。
事務所前に到着すると真っ先に車を降り、急いで子猫の元へとむかう。中嶋たちが事務所に入る頃には嬉しそうに子猫を抱き上げている総弦がいた。クリスマスプレゼントに喜ぶ子供のようなその姿に、可愛いなあとニヤニヤしている一華だったが。
「よし、おうちに帰ろうな、ポン太」
「……」
『……』
最後の単語を聞いた中嶋と一華は黙り込む。まるでレストランに入りシェフのオススメを頼んでみたら豚足でも出てきたかのようなリアクションだった。
『まさか今の名前?』
「ねえわ」
「あ、すみません。私も今のはナシだと思います」
「てめえら」
一華、中嶋、ついでに報告書をまとめていてパソコンからは振り向きもしない小杉にまで言われ、総弦の額に青筋が浮かぶ。しかし手の中でにゃーにゃー鳴く子猫にすぐに機嫌が良くなり、ウキウキとした足取りで帰って行った。
それを見送った事務所はとりあえず平穏な空気が流れる。中嶋は自分のデスクへ向かい今回の後処理を、一華はヒマなので天井でゴロゴロし始める。そしてポツリと中嶋がつぶやいた。
「あの猫、メスだけどな」