生霊6 一華の考え
『んん? よくわからないな。仕事手伝うのは楽しいし、サトちゃんや綾さんと一緒にいたいとは思うけど未練とは違う気がする。例えば今日私が成仏する方法がわかったって言われたら、すぐお願いすると思うけど?』
そう言うと、総弦は小さくため息をついた。相変わらず振り向かないが、やや雰囲気が変わる。上手くいえないが、少し自分に対するとげとげしい雰囲気がなくなっているような感じだ。気のせいかもしれないが。
「まったく。ガキらしく我が侭でふんぞり返って不幸自慢とかしたらブン殴ってるのにな。中嶋の言ってたとおり妙に大人びてて達観してやがる」
『自分じゃわかんないなあ、家族にも言われたことないよ。それって悪い事?』
「悪いっつーか。お前をこの世から消す方法を探してるんだぞ? 普通ならイヤじゃねえのそれ」
その声にどこか感情を押し殺したような冷静さを感じ取る。幽霊が嫌いなら除霊などは喜んでやっていそうなイメージを抱いていたが、どうやらそうではないらしい。文字通り「嫌い」なだけで、憎いわけではないようだ。そんな事を思い、少しだけ嬉しくなった。
『それ、生きてる人の常識じゃん』
静かにそういえば、総弦は何も言わなかった。無視しているというわけではないだろう。おそらくその言葉にいろいろな事を考えているのだ。以前中嶋が総弦の事をこう言っていた。
「幽霊が嫌いで一華に当たりがキツイのはただの八つ当たりだって本人はわかってるさ。いろんな事を受け入れて落ち着くのはまあ、あと五年は先だな。まだまだガキだってだけだ」
ある程度物事の分別がつく年になってからこういう事に遭遇した一華と違って、生まれた時から霊感があった総弦や中嶋。きっと一華が想像できない、辛く苦しい思いをしてきたに違いない。中嶋がそう言ったのは自分の実体験からだろう。可哀想だとは思わないし、言うつもりもない。ただ、大変だなと思うだけだ。
猫じゃらしを買って戻った小杉の目に映ったのは、険悪な雰囲気ではない二人の姿だった。仲が良さそうとまではいかず言葉は少ないが、それでも先ほどよりは落ち着いた雰囲気で猫について語っているようだ。その様子を見て小杉は口元に笑みを浮かべる。
(二人にする作戦成功成功。一華ちゃんはもちろんだけど、総弦さんも実はしっかりしてるからね。ギャラリーがいると素直になれないだけで)
数日後、再び総弦が呼ばれ事務所内で作戦会議となった。
「さくっと結論を言うとな、男の話は半分噓だ。二人は一応付き合ってるような節はあったぞ、鬱陶しくなったから捨てたんだな。女は連帯保証人になってて今借金だらけらしい。体を壊して入院中、まともに動ける状態じゃない」
男の話を聞いている状態で一華が憑依できれば記憶を探る事ができて簡単だったのだが、あの場に女の生霊がいたのだから仕方ない。
「動けなくなってさらに恨みつらみが募ったって事ですか。しかしどうしましょうね、犯人はこの女性に間違いなくても、実行犯ではない。入院中ならアリバイもありますし、警察には相談できませんね」
「アリバイがありますっつって報告終了でいいだろ。この男の自業自得ならほっとけば」
いまだ猫を引き取らせてもらえていない総弦は機嫌悪そうに呟く。確かにあくまで探偵業でできるのはそれだけだ。普通の人から見れば完璧なアリバイ、というか実行不可能な状態なら女が犯人だというのはありえないと思うだろう。
「俺らは調査を依頼されただけだからなあ。それでもいいけど」
「でもほっといたら確実に死にますよあの人」
「だろうなあ~。まあ別に俺には関係ない、こっちにとばっちりがこなけりゃな」
「あ、ダメだこりゃ」
やる気のなさそうな中嶋の受け答えに小杉は諦める。小杉としても放っておくのはどうかと思うのだが、有効な手段が思いつかないのも事実だ。
『連帯保証人にまでなるのって結構深い関係だったんじゃない? 結婚とか考えてたんじゃないかな』
皆の会話に興味なさそうに猫を見つめる総弦はあくびをした。猫じゃらしを使い猫と戯れながら一体いつになったら猫は自分のもとに来れるのか、などと考えていると。
「ああ、付き合ってるっていう雰囲気はあったが、男の知人の話じゃどうも最初から金目当てだったみたいだな。結婚ちらつかせて搾取してたくさい」
『え、それってつまり結婚詐欺って事ですか?』
結婚詐欺、に総弦の手がピタリと止まる。