生霊5 幽霊も人間も嫌い
「最初からそう言えばこんな目にあわずにすんだのになあ、カワイソウに~」
箱に戻された猫にわざとらしく言う中嶋を、総弦はギリっと睨みつける。
「テメエ覚えてろ、クソ野郎が」
中央のソファに座りながらイラついた様子で家から持ってきた道具を並べる。オカルトなどに出てきそうないかがわしい物でもあるのかと思いきや、紙と筆、墨汁、数珠、それに釘だった。釘は呪いの藁人形を打つような大きい釘ではなく、ごく普通の2~3cmほどのものだ。
結局猫は生霊対策が見つかるまでのお預けとなり、中嶋が管理している。猫といえばさっきつままれたことなどまったく気にした様子もなく、小杉の手にじゃれていた。
いろいろと納得いかないが、どうにかできればあの猫は総弦が連れ帰っていいことにはなっているのだ。ブツブツ文句は出ているものの道具まで取りに行ったのだからやる気は十分なのだろう。
『は~、そこまで猫好きとは思わなかった』
「猫だけが好きなんじゃねえよ、動物が好きなんだ。むしろ人間と幽霊が嫌いだ」
『暗い』
「黙れ」
ビシっと一華の額にデコピンをする。すると一華は『痛』と言って額をさすった。総弦は法力があるため幽霊に触る事ができる。これは中嶋にも小杉にもできないことだ、霊感と法力は違う。一華にしてみれば幽霊になって初めて感触を味わえる人なので嬉しいのだが、相手が相手なだけにそれを口にはしていない。
「とりあえず今できる事だけやるぞ。生霊っつっても相手は魂には違いない。消滅させると大元が死ぬから追い払うだけだ。近づけさせないだけなら簡単だ、何の解決にもなってねえけど」
「それはいい、調査するのに邪魔されたくないだけだ」
「コレやると遠藤もアンタに近づけないけど?」
手際よく何かを作りながら一華を親指で指し示す。一華も幽霊なのだから、幽霊避けの対策をすればそうなるのは必然だ。
「今回は俺だけで調べる。相手が生霊の状態で男しか認識してないのか、まわりのもの全部わかってて無視してるだけなのかわからん以上一華は連れて行けない。この事務所じゃなく俺だけ認知させないように、この女の身辺調査する間だけ頼むわ」
「あっそ」
紙を長方形に切り、そこに何かを書いていく。達筆で何と書いてあるのかわからないが、不動明王と書かれている気がする。さらに人差し指、中指でスっと撫でて紙を中嶋に渡した。中嶋がそれを受け取ると、一華がきょろきょろとあたりを見渡す。
『あれ? サトちゃんが消えた』
「っつー感じで、それを持ってる限りは幽霊からも生霊からもアンタは見えない。見えないだけで加護があるわけじゃねえからな」
「おう、ありがとさん。じゃ、ちょっと行ってくる。総弦、俺がいない間猫触るなよ。お触りは全部終わってからな」
最後の一言にピクリと一瞬反応したが、舌打ちをしただけで何も言い返さずむっつりと黙り込む。それを見て中嶋は軽く笑ったが、すぐに出かけて行った。総弦はといえば機嫌悪そうに道具を片付けている。
『触らなければ見るだけだったらいいんじゃない?』
「まあ、見るなとは言われてねえしな」
ブスっとした態度ながらもいそいそと猫に近づく様子を見て一華と小杉はクスクス笑う。子猫を見下ろすと、今まで見たことないくらい優しい顔になりそれがさらに笑いを誘った。
「仕方ないですねえ、ちょっと近所の店で猫じゃらしでも買ってきましょう。総弦さん、一華ちゃんと喧嘩しないでくださいよ」
「へーい」
そういって小杉が出かけ、総弦と一華が残される。何も会話をしなければいいのだろうが、一華自身が総弦をそれほど嫌っていないので一応コミュニケーションを試みることにした。もちろん無視されたり相手が嫌がったらやめるつもりではいる。
『協力はしてくれたんだし、この子が総弦さんの家に行くのは間違いと思うよ。アリガトーゴザイマシタ』
「棒読みになるくらいな言うんじゃねえよ」
『だって思いっきり感謝の気持ちをこめてお礼いってもどういたしまして、なんて言わないでしょ』
「……」
(ありゃ、もう無視ですか)
やっぱり幽霊嫌いじゃだめかーと諦め、離れようとすると意外にも総弦が声をかける。ただし振り向かず、視線は猫に集中しているが。
「あれからしばらくたつけど、この世に未練とかは生まれたか」