生霊2 生霊とは?
「最近は怖くて建物の下を通れませんし、交差点や駅では絶対に最前列に並ばないようにしています。しかし振り返るとソイツはいないのです」
少々脅えた様子の男性の横では女がいまだに首をぎゅうぎゅうと絞め続けている。しかもその話を聞いたようで「死ね」から「何で死ななかったんだ」という言葉に変化している。
男の、というより女の真正面にいる中嶋と小杉は口元に笑みを浮かべているが、目が完全に遠くを見ている。正直、女を見たくない。目があいたくない。女はずっと男を凝視していてこちらには見向きもしないが。
「わかりました。それで、心当たりの人物とは」
「この封筒の中に名前と住所は入れてきました。知人の女性なのですが思い込みの激しい人で、どうも私が彼女を愛していたと思いこんでいたようです。私はバツイチなのですが、他の女性と再婚すると知って怒り狂いまして。貴方にそんな気持ちは持ったことないときちんと説明したのですがわかってもらえず嫌がらせをするようになりました。結局、二度と連絡しないようにと告げてそれっきりです」
すらすらと説明をされるが、後半はほとんど聞こえていない。何故なら女が金切り声を発しぎゃーぎゃー騒ぎだしたのだ。殺してやる、裏切り者と叫び続ける。
「では、その女性が今何をしているかは把握していないと。それを調査するということですね」
「はい。封筒の中には私が危険な目にあった日時を書いておきました。その日時に何をしていたかわかるなら」
「承知致しました。まず調査をし、結果が出次第ご連絡致します。その後どうなさるかは結果を見てからということで」
その後は事務的な手続きを行い男性は帰っていった。バタン、とドアが閉まると小杉はソファに倒れこみ中嶋は天井を仰ぐ。天井から一華がスルっと降りてきた。屋根裏にいたらしい。
『物凄いオバサンだったねー。上にいても声凄かった」
「本当、物凄かったです……イタタタ」
小杉が首の後ろをさする。小杉の霊感は中嶋の霊感とは異なった特徴がある。それは霊の本質によって感じ方が違うのだ。浮遊霊など、ただそこに存在するだけの霊なら冷たさを、悪霊や自縛霊など強い意思をもったものはチリチリとした火傷の様な痛みを首筋に感じる。ちなみにそれ以上の何かは吐き気や頭痛など体調不良を起こすらしい。先日の悪魔モドキ騒ぎにいたら、おそらくその場で吐いていたに違いない。
『綾さんが痛がったってことは、あれが悪霊ってやつ?』
「いや違うな、感覚が全然違う。やっかいだぞアレ」
『なに?』
「生霊だ」
うんざりした様子で中嶋はそのまま天井を見上げている。一華はもちろん、小杉もきょとんとしている。生霊というのがなんなのかはモヤっと知っているが、何故やっかいなのかがわからないようだ。
「生霊は生きた人間が相手だから、強い思いそのものをなんとかしないといつまでも解決しない。それにあのババアが俺らの話を聞いてたら動きにくい」
『そっか、もし私の事が見えてるなら、私何もできないね』
「生霊ってのは個人差があるだろうから、一概にこういう特徴があるってのは言いにくい。さっきの女も男に対してしか反応してないから、俺らの事は気にしてないのか見えてないのかわからん。一華のことも見えるかどうかわからないな。いずれにしてもいつもみたいに調査しました終了、とはいかないかもしれない」
メモした紙を眺めながらめんどくさそうに言うと、小杉は首を傾げる。
「どうしてですか? アリバイや現状を調べるだけならすぐ終わるのでは」
「依頼人の話を信じるならこの女は思い込みが激しい。実際生霊まで発生してるからな。つまり俺らが関わってることがばれりゃこっちに生霊がくるかもしれないだろ。霊感ある俺らが同じ目にあってみろ、あの人は二週間生きてるけど俺らは即死だ」
『私は?』
「知らん。永遠に苦しむんじゃね」
『うわー』
確かに一華はもう死んでいるのだから終わりがない。首を絞められて窒息して成仏するわけでもない。永遠に殺され続けるのだ。
「生霊をどうにかするのまではやらないが、まあ注意はしておくか。まずは普通に調べてみる。でも対抗手段くらいは確保しておきたいよなあ、とばっちりが来たら誰も助けてくれねえし」
封筒の中に入っている女の住所と名前を確認し、パソコンへとむかう。そしてどこかに電話をするが、相手が出なかったのか少し待って舌打ちをして電話を切った。
「所長ですか?」
「ああ。こういう変なことは所長が詳しいから聞こうと思ったが出やしねえ」
メールはしてみるが、すぐに返事が来るとは思えない。超能力でもあるのではないかと思うほど、所長の佐藤は仕事の指示を仰ぐときは電話に出ず、終わった後の調査報告は割りと出る。それも腹立たしいので、メールの文末には「生霊が出たらアンタに生霊返しする」と付け加えておいた。そんな事をしたら返しの返しをされそうだが。