好きなのにね
僕は結婚する勇気がない。彼女はきっと少し期待してるはずだけど。
そういえば、この街に雪が降ることを君は知っているだろうか。きっと知らないよな、だって君はいつも夏の話ばかりするから、セミの鳴き声とか夏の暑さでアイスが溶けて手がべたべたになることや、花火大会の話ばかりだった。冬は雪が薄く街を覆ったりすることや、商店街を走る石焼き芋を売ってる車の事とか、きっと知らない。
今は一緒に過ごして3度目の秋、この街に来て3度目の秋。芸術の秋、食欲の秋、色んな秋があって、そんな秋に飽きてきた。二人で過ごす日々にも飽きてきた。僕は23歳、彼女も23歳だ。同じ高校と大学で、一緒に青春を過ごしてきた。
夏はネパール料理屋にいってインドカレーを二人で食べた。その後に僕の運転で少し遠い家族風呂に二人で入ったのが今年の思い出。その前の年の夏は二人で海で花火をやって警備のおじさんに怒られたりした。あの海は今年は騒音対策として夜中の立ち入りが禁止になったそうだ。
冬の彼女はいつも地元に帰ってしまう。彼女の地元は雪が降らない都会だ。街に取り残された僕はさみしくなって彼女と暮らすこの家に友人や幼馴染を招く。鍋をしたり缶コーヒーで暖をとったりする。共通の知人は僕も彼女に会いに都会を訪れればいいというけれど、この街の冬を気に入っている僕にとって都会の冬はつまらない。灰色のビル街より、枯れた木と田んぼと低い建物だらけのこの街が好きなんだ。
社会人になってから同級生や先輩の結婚ラッシュが続く。彼女がこっそりゼクシィや婚約指輪をみていることを僕は知っている。けれどどうも僕が結婚している姿が浮かばない。彼女とこのまま疑似結婚生活のような生ぬるい生活が続くと思ってしまっている。なにより、その生活と結婚生活の差が分からないためか、法で縛られてしまうことを僕は酷く怯えている。彼女という人間の人生を僕が拘束してしまっていいのかと。
「好きなのにね」
「えぇ?どうしたの急に」
運転しながら電子タバコを吸う僕の顔を彼女が、ずいっとのぞき込んでくるので、目だけ合わせるとニコッと笑う彼女は僕がこれからなんていうのか気にする様子はなかった。