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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

作者: うんうん

皆寝静まる深夜の二時頃。暑くも寒くもない春の心地よい夜半であった。

 彼女は窓から射す月明かりを顔に浴びて、ガバッと目が覚めた。

 急に起きたもので、髪は乱れて、息は切れている。おそらく悪い夢でも見たのであろう。

 彼女は起きたまま、目を丸くして自分の部屋を見た。

 ここは東京都内にある高校の学生寮。この部屋には普通の勉強机と本棚があるだけで、特別おかしな物は一つもない。

 にも関わらず、彼女はまるでそれら全て初めて見たかの様にまじまじと見つめている。

「なんだ……ここは……?」

 彼女の寝起き早々の言葉は非常に不穏なものだった。

 しかも、彼女は自分の声を聞くやいなや、はっと口を抑えて黙り込んだ。

(声が高い?いや、高すぎる……)

 彼女は自分の声すらも不審に思ってい

た。

 この状況を見るに、彼女は突然記憶喪失にでもなってしまったと予想するのが妥当であろう。むしろ、それ以外は考え難い。

 しかし、このような凡人の考えでは到底思いつかない状況に、彼女は陥っていた。

 それを説明するならば、まずはーーー


✕        ✕        ✕


 時此れ建安二十五年の春正月下旬、洛陽の天日は雹を以て哀悼を伝え、天下の春一時の寂暗を帯びた。

 巨星落つーー

 荒廃進む後漢の末、白蛇襲来より起こる天変地異、そして続く佞奸奸賊の横暴は四海の波乱を呼んで、太平道を謳う張角が立つ。

 蒼天已死 黃天當立 歲在甲子 天下大吉ーー

 果は天下の童までもが、この歌謡を唄うはその大乱の如何が知れる。

 なんにせよ、荒ぶ世であった。

「幼名は阿瞞、吉利という」

 彼はよく自身の幼名まで紹介した。特に阿瞞は気に入ったらしい。現代語に当てれば「嘘つきちゃん」と言うこともできる。

事実この名は彼の性情を言い表しているのかもしれない。

「君は、治世の能臣、乱世の英雄だよ」

 当時の名士は年端も行かぬ、大言壮語の彼をこう言って喝破した。この評は正しく彼を表した言であったーーー


✕        ✕        ✕ 


 この先の長い経歴を語る物は他に幾万とある。

 今回はこの続きをそれらに任せるとして、ここで全てを述べてしまうことにする。

 つまり今この普通の学生寮の部屋を訝しげに見つめる少女は、かの後漢末きっての奸雄、曹操孟徳その人の転生した姿なのである。

 不幸なことに、魏武と呼ばれたこの人は、理由も分からず現代に転生してしまった。

 それもか弱い女の身として。さらには、中原の地ではなく、かつて東夷と呼ばれたここ日本に。

 まだ彼女自身、女になっているという自覚すらはないし、右も左もわからないが、じっと待つよりも自ら動こうとする性情ゆえ、ベットから降りて廊下に取り付けてあった姿鏡を見つけるまでそう時間はかからなかった。

「何だこれは?」

 彼女は小さくそう呟いた。

 寸前まで三国一の強国「魏」の王であった。それは天下を統べる寸余の手前まで上り詰めたということである。

 それが今はどうだろう。この世界に既知の人物や、頼りとなり人物はもういない。

 しかも年端も行かぬ少女となって、である。さぞかし絶望しているだろうし、同時に大きな不安も感じていることであろう。

 しかし、

「あははは!何だこれは?」

 彼女は自身の頬を抓りながら笑った。

 絶望というよりもむしろ一興を感じていた。


         *


 彼女はその後も怯むことなく、色々と動き回っていた。

 彼女はよくわからないが、現代日本の言語が読める。

 だから、机の上に置いてあった教科書の類にざっと目を通してみたし、本棚に置いてあった本もいくつか見ることができた。

 彼女の前世、つまりは後漢末から三国時代にかけて、書物というのは大半が木簡であった。紙は当時まだ高級品であり、特段理由がないときは木簡を使用した。しかし、この部屋に置いてあった本や教科書には別段驚かなかったし、その内容にも興味は湧かない。

 だが、ベットの枕元においてあったスマートフォンは違った。これには彼女も大分興味をそそられた。

 そもそも彼女はまだ室内の電気をどうやってつけるのか分からなかったので、暗い部屋の中色々と物色していた。

 が、その折である。

 ベットの感触やらを手で触れて確かめている時、不意に手がスマホの電源に触れた。

「いいい!?ぎゃ!?!」

 暗い部屋の中、明々とスマホの光が輝いて、彼女の目はやられ、数分の間、悶絶することとなった。

 これにははじめ恐怖を感じたが、目が落ち着くと、もう胸をわくわくさせて、スマホを調べ始めた。 

 数十分ほどして、彼女はもうスマホの検索機能を使いこなした。

 わからないことは山ほどあるが、スマホのお陰でわかることも沢山ある。

 彼女は凄まじい速さでこの世界の知識を吸収していった。

 そして、数時間後。時刻は午前三時頃。彼女は身の回りの大半のことを飲み込めた。

 自分がどこにいるのか。時代はいつなのか。そして自分の名前は?身分は?今は何月何日なのか?

 こういった事がすべて分かった。


✕        ✕        ✕


 彼女が現代日本に転生したということはもうすでに述べたが、彼女の詳しいことはまだ触れていなかったので、ここで簡単に説明しよう。

 まず、彼女の名前は「武宮操(たけみやみさお)」という。姓が「武宮」で、名が「操」である。

 余談だが、操自身この名前はあまり気に入っていない。

 色々と理由はあるが、そもそも諱である「操」の字を使っている状態で言語道断である。

 そして、操の身分であるが、現在彼女の年齢は十六歳で、高校生である、ということだった。

 高校は、東京都内にある「逐鹿学園」という。

 この学校は明治初期頃に開校された歴史が深い学校である。

 さらに、幼稚舎から大学までを有する日本一の難関学校で、生徒の大半は起業家、政治家等々、名家の生まれである。

 操はこの学校に前々から通っていたのではなく、今年から通うことになる。

 とても稀なことではあるが、操はこの春から高校二年生として、この学園の高等部に編入することになったらしい。

 つまり彼女の状況を簡単にまとめると、明日、すなわち四月七日、操は日本一難関で格式高い学校に、高校二年の編入生として入学するわけだ。

 もっと詳しい説明はおいおいしていくとして、現在の状況はこのような次第である。


✕        ✕        ✕

 

 時刻はもう午前の四時頃に差し掛かっていた。

 流石にこの時間になってくると、操の目は眠気でしょぼくれ始め、あくびも多くなった。

 もう寝てしまおうと、背伸びをした瞬間、彼女は何か思い立ったような態度で、スマホを見つめた。

 何か改まった様子である。今までの、ただ情報を得ようとしていただけの態度とはまるで違う。

 彼女はスマホの画面をまじまじと見て、手指の震えを抑えながら、検索欄に、懇切丁寧にこう打った。

      「魏 その後」

 その四文字は重みが違った。

 流石の操も緊張で胸が高鳴った。

 しかし、その画面のまま、右下の虫眼鏡マークが押せないままおよそ数分。

 彼女は付き物が落ちたかのようにスマホの電源を切り、そのまま寝床についてしまった。

         *

 翌朝、今度は陽の光で目が覚めた。

 時刻は七時三十分頃。

 昨日の就寝時間が大体四時三十分だったので、睡眠時間はたったの三時間ということになる。

 だが、彼女は前世も現世もそこまで睡眠が必要ではない体質だった。

 短時間しか眠っていないのにも関わらず、けろりとした様子でベットから起き上がって、朝自宅を始めた。

 昨晩の物色や、スマホからの情報で、現代の技術が如何ほどのものか大まかに理解していた。

 しかし、細かい所までは分からない。

「う〜!冷た!!」

 シャワーという存在は知っていたが、温度を上げるという方法は知らなかったらしい。

 少し滑稽なことに夜かいた汗を冷水に耐えながら洗った。

 このように、機械類はやはりまだ慣れないので、あたふたしながら顔を洗ったり、歯を磨いたり、制服に着替えているともう登校時間が迫っている。

 朝ご飯は抜いて、学校に向かう羽目になった。


✕        ✕        ✕

 

 学生寮と高等部の校舎は同じ敷地内。逐鹿学園は、地価の高い東京にその学園を構えながらも、面積は非常に大きかった。

 高等部までの道には春の風に揺らされながら、桜の花が香っている。

 道には梅の木も植えてあったが、もう季節は外れ、道には梅の花が降り積もっていた。

 梅や桃の花の方が馴染みはあるが、この目新しい桜の匂いに、自然と新たな人生の始まりを改めて確認した。

 彼女は散った梅の花をかき分けながら、

学校に向かった。

 

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