16-02 酒場前の懺悔室
「なあ…、俺はお前が思うほど立派な男でねぇんだよ」
いっそロッティーから幻滅の言葉が欲しかったのか、ニールはそう話した。しかし、彼の中では、ロッティーから否定の言葉も少しを期待していたのも事実だった。
「人には暴力を振るうし、夜はこうして酒ばっかり飲んでんだよ。母も言ってただろう。どうしようもねえ腰抜けでもあるんだよ、俺は」
「…腰抜けだったら、私達を狼から守れていません」
ロッティーはニールの顔を立てることに徹底していた。
「いや…、母が言うように腰抜けなんだよ…。本当に…。俺は…」
「なぜ…そんなまでにして…。私は…」
「ちゃんと訳があるんだよ。母が俺を腰抜け呼ばわりをするのには」
ロッティーが話しているところを遮るようにして、ニールは口を挟んだ。
「…もしよろしければ、その訳を私に話して頂けますか?」
ニールは目を丸くして、今度こそロッティーと目を合わせてしまった。ここまで彼女が踏み込んだことを聞いてくるとは思わなかった。ロッティーは真剣な表情をしていて、ニールの方へと見つめ返していた。彼を茶化す雰囲気はまったく見受けられない。彼女は、真面目にニールの胸懐を理解しようとしているのが分かる。
「…俺には婚約者がいたんだ。イリシアって名でな」
イリシアという言葉にロッティーは息を飲んだ。ニールの母、マグダレナが引き合いに出した名前で、ロッティーが気になっていた人物だった。
「もう十年前になる。イリシアとは恋人同士で、結婚の話は進んでいたんだ」
ニールが話を始めると、ロッティーはポーチの縁から足を下して、下の地面の方へと足をついた。彼女の顔は柵の向こう側の方に隠れてしまうが、ニールの方へ視線を向けたままだ。
「イリシアは、俺の母とは特に仲が良くてな。いつも一緒に料理をしていたり、談笑していたよ。まだ結婚はしていなかったが、三人で食事を囲う時は、もう既に夫婦のような感覚でいたさ」
ロッティーは片手を柵に添え、少し寄りかかるようにして、静かにニールの話へ耳を傾けた。
「ある日、事件が起きた」ニールは渋面した。
「パンテレイモン男爵…、いや、男爵じゃなくなったんだな。貴族の爵位は剥奪されていたが、依然有力者であってな。主に金貸しをしていた野郎だ。イリシアの両親に莫大の金を貸していたそうだ。両親は娘を置き去りしたまま、ばっくれた。借金の肩代わりは、娘のイリシアにも課せられるようになった。彼女もこのジェスタイデル町に逃げてきたが、消息を掴まれたんだ」
ニールはそこまで話すと、一呼吸入れた。
「俺たちは男爵が来たことによって、初めてイリシアの事情を把握した。男爵は借金をチャラにしてもいいと言ってきたが、その代わり彼女を自分の側室に迎えたいと言いやがった。当然俺と母は抗議したんだ。すると、あいつは俺が剣士であるのを分かると、妙な提案をしてきた。決闘を申し込んできたんだ。あいつの持つ最高の剣士との決闘を。俺が勝てば、イリシアを見逃し、借金もチャラにする」
そこ区切ると、ニールは表情を暗くした。
「俺が負ければ、母の命をもらうと」
ロッティーは息を飲んだ。
「ふざけた提案だった。俺は剣の腕には自信があったが、母の命を賭けるまでにはいかなかった。母はそう考えていなくて、俺に決闘を受けるようにせがんできたが、俺は却下した。なんでだと、母は泣きながら懇願してきた。それでも、俺はそんな分の悪い勝負に出たくなかった」
そこまで言うとニールは一呼吸入れた。
「そう。分の悪い勝負なんだ。向こうの剣士は立派な業物を持っていた。ミスリル金属というものか。それでできている剣だ。そんなもの相手では俺の持つなまくらでは刃が立つわけなかった」
彼はロッティーと目を合わした。
「言い訳にしか聞こえないだろう」
彼女は返事しなかった。
「ところがそうでもないんだ」
まるで自分の言い分を聞いてほしい容疑者のような気分でいた。
「質に差がある剣同士がぶつかれば、悪い方が確実に負けるようになっているのだ。俺はそういう一方的な決闘を多く見てきたことはあった。どんなに腕に自信があっても関係ない。相手は剣撃を防ぐことに専念すればいいだけの話だからな。それだけで、こっちの剣はぽっきりとやられてしまう」
心なしかニールの声が少し震えていることにロッティーが気づいた。
「剣の腕でどうにかできるだろ。そうみんなは言ったさ。確かに名人並の腕もあれば、それは可能かもしれない。でも、俺はそこまで強いわけではないと自分でよく知っている」
彼は拳を強く握りしめた。
「結果、男爵はイリシアを連れ去っていき、俺は、失望した母と残されることになった。以来、母は俺のことを腰抜けだのと罵るようになってきてな。俺はそれが耐えきれず、町を飛び出したんだ。久しぶりに戻ってきて、彼女が少しは丸く収まるだろうかと思ったが、そんなことはなかった」
ニールはそこまで話すと、ロッティーの方へ見つめた。
「これで分かっただろう。俺が腰抜けだったって。そして、今でもたまに思う。少しでも可能性があったのであれば。勝負を引き受けて、イリシアを救えたのではなかったのかと…」
「それは腰抜けとは言えないですよ」ロッティーが口を挟んだ。
「なに?」
「そんなの腰抜けとは言えません」ロッティーは柵を通して、ニールに真剣な表情で語りかけた。柵で半分隠れていた顔が、見える部分のみオレンジ色の光で照らされていた。




