02-02 馬車の中
二人のやりとりを横目で見ていたマザージャコビンはわざとらしく咳き込んだ。
「ニール様…、どうかシスターマーサを惑わしてくれないようお願いします」
「なんだ、『母ちゃん』。いちいち顔を突っ込んでくるな」
「私はあなたの母親などではありません」
鋭い眼差しでキッとニールを見据えた。
自分が怒られているわけでもないのにグレイスは思わず委縮してしまう。彼女はマザーにいつも怒られていて、反射的に体が縮こまってしまう。修道院に入って以来、ジャコビンが笑ったところ見たことはあるのだろうかと、グレイスはそう思った。
「命を張って守ってやったんだ。そんな風に突き放すような言い方しなくてもいいじゃねぇか」
「私たちの護衛を全うしてくれたことには感謝しておりますが、それを恩に着せるようなことはしないで頂きたいですわ」
二人が言い合っている隙を見て、マーサはそそくさとケルシーの真向かいへと移動した。ニールは特にそれを引き留めなかった。
彼は荷台の後方の壁によりかかるように両手を頭の後ろで組んだ。
「まあ、いいさ。しかしなぁ、…えーと」
「ジャコビンです」
「ジャコビン。護衛二人に対し、狼十匹弱はちょっと重荷が過ぎる仕事だったの確かだ。そこんとこは、後で追加報酬はもらえるんだろうか」
「お二方の活躍はちゃんとギルドの方に報告させて頂きます」
「狼だけで済んでよかったな。噂の盗賊団が近くまで来ていると話だったからな」
そこで恐る恐るマーサが口をはさんだ。
「と、盗賊…ですか?」
「ああ、そうさ。西の方から盗賊団の残党がこっちに来ているとギルドの掲示板で書かれてあってな。遭遇しなくてよかったわ」
ジャコビンは信じられないという顔をした。
「そんな話聞いていませんでしたわよ。それが分かっていたら、二人のみになんか頼んでいませんわ!」
マーサはため息をつく。
「マザージャコビン。私たちの持ち合わせだけではどの道、このお二方しか雇えることはできませんでした」
「状況が状況です。そんなこと、教会に着いた後いくらでも埋め合わせができるでしょうに。それから…」
「…え、ちょっと!危ないですよ!」
突然マーサが半立ちになり、前方に向かって叫び始めた。グレイスはびっくりしてしまって、何事かと思う。ジャコビンも釣られて前の方も見ると、彼女も血相を変えた。
「シスターズ!移動中に勝手に馬車から下りないでください!…もう!」
なんと一番前方にいる馬車に乗っていたシスターが数人荷台から降りてしまい、ダグラスのいる中央の馬車の中へと駆けこんでいるのが見えた。彼女達はキャーと声あげて、「ごめんなさーい」と軽々しく返事をしながら、馬車の中へと消えていった。あの子達はダグラスの笛の演奏に釣られたのだろう。どうやらいつの間にか、向こうの馬車のダグラスがフルートを取り出し、軽やかな曲を演奏していたのだ。かっこいい、素敵、というはしゃぎ声が向こうの馬車の中から聞こえてくる。シスター達の勝手な馬車移動に、ジャコビンとマーサだけではなく、目の前にいた御者さんも危ないと怒鳴っていた。