12-01 フィスビとメファリア
「だから何でさっさと屋敷の依頼を解決しようとしないの?」
机に向かって書き物をしていたエイドリアンに向かって、フィスビは不満を露わにして文句垂れた。
エイドリアンは筆を進めたまま、ため息をついた。
「フィスビ。メファリアは余りにも不確定要素だ。彼女に頼って屋敷に入るのは、無謀すぎる」
「彼女は信用できると何回も言っているでしょう」
「仮にそうだとしても、まだ君の霊力は充分とは言えない。現に、メファリアが見えないときと、聞こえないときもある。そうだろう?」
エイドリアンは振り向き、困った表情を浮かべた。
「中に入った後に、そんな事態になってしまえば、私達は閉じ込められることになる」
「メファリアとの交信を重ねることで、霊力は日々高くなっているわよ。今だって彼女のこと、ちゃんと見えている」
フィスビはベッドのところに指さした。エイドリアンは彼女が指したところに目を移す。綺麗に敷かれている白いシート。隣の窓から差し込まれる昼の光がそこにあたっていた。他には何も見られない。
エイドリアンはフィスビと一緒に暮らすようになって三年以上になる。彼女は出鱈目を言う子ではないと分かっていた。しかし、この「見えない友達」に関してはまだ半信半疑ではいた。幽霊の存在を信じていない訳ではないのだが、自分には見えてないことに頼るのは抵抗があった。
「メファリアは屋敷の中の結界石の場所を把握している。だから、彼女の情報を頼りにして、壊していけばいいでしょ」
「…今ここで聞き出すことはできないだろうか」
「い…今?」
予想していなかった頼みを振られ、フィスビは少し戸惑ってしまう。メファリアはちゃんと見えていたが、今は彼女の意志が汲み取りづらくなっていた。結界石の位置という正確な情報を求められるものに関しては、聞き取るのは難しいかもしれない。しかし、メファリアとの対話を繰り返すことで、霊力は高まり、不安定な交信は徐々に改善されているのは確かだ。最終的には、声も聞こえてくるはずだ。
「…今はちょっと調子悪いのよ」
フィスビは顔を赤くして、小さくそう呟いた。エイドリアンは振り向いたまま、目を瞑って顔を横に振った。
「せめて、声が聞こえるようになってからじゃないとまずい。だから、今は慌てないで…」
「もういい!」
フィスビは、声を荒げて怒鳴りつけた。言い返せないことが悔しかったのか、エイドリアンの言葉を遮った。わざとらしくうるさく足音を立てるようにして、部屋の出口の方へと向かった。エイドリアンは止めようとしなかった。彼は椅子に座ったまま、心配そうに声を掛ける。
「フィスビ!分かっていると思うが、屋敷の方には一人では行かないように!」
「そんなの分かっているわよ!」
彼女は部屋から出ていって、乱暴にドアを閉めた。エイドリアンは、もう一度メファリアがいたと言われる場所であるベッドに目を向けた。今もそこにいるのか彼には分からないが、恐らくフィスビの後を付いていっただろう。彼は再びため息をつき、机と向き直る。
「結婚しなくても、子育ての苦労を覚えることになったか」
彼はそう独り言ちる。紙との格闘にまた戻ろうとするも、筆が中々動き出せない。
―彼女は自分の力を証明したいから、あんな風にせがんできたのだろうか。確かにフィスビの霊力は確かなものだ。彼女のことを信用してやっても良かったのではないだろうか。彼女は「できる」と言ってきている。不安ではあるが、要望通りに任せてみるべきなのだろうか。
そんなことを考えていると、彼はフィスビとの関係性を省みていた。エイドリアンは人と話すのは苦手な部類だ。それは身近な人物、家族と想っている人に対しても同じだった。今はそれを特に痛感している。
―お前は情がなさすぎる。そこが欠点だな。お前は怒ったことはあるのか。
エイドリアンは、今亡きフィスビの父親にそう言われたことがあった。淡々としていて、感情があるのか怪しいとさえ言われた。確かにフィスビの父親に言う通り、怒ったことなんかほとんどなかった。彼女もこんなつまらない男と暮らすのも、本当は嫌なのかもしれない。もっと楽しい賑やかな人に引き取ってもらうべきだったのだろうか。エイドリアンはそんなことを考えるようになってしまっていた。しかし、父親代わりに面倒を見ているとはいえど、自分の本当の子供ではない以上、愛情表現も限られる。下手に近づくこともできない。年頃の女の子にどう接するのか、彼は悩んでいた。いつしか考えるのはやめて、無難にあまり接しようとしなくて、今に至る。
―コミュニケーションが足りていないのかもしれないな。
エイドリアンはそんなことを考え始めた。思えば、フィスビを引き取って以来、最低限な会話しか交わしていない気がする。面倒を見る役として、それだけではいけないのかもしれない。エイドリアンは全く動かしていない筆を紙の上に置き、宙を仰ぐ。少し接し方を変えてみるのがいいかもしれない。彼はそう考えてみた。
―そうだな。今晩は酒場に誘ってみて、たまには豪勢に楽しく夕飯を振る舞うとするか。会話も弾めば、少しお互いへの理解を深めることができるのかもしれない。
エイドリアンは密かにそう計画を立てて、一旦悩みを頭の隅に置いた。彼は再び筆を手に取り、手紙をまた書き始めた。




