07-05 新しい友達
二人はようやく歌い疲れたのか、アリカは少し話題を変えて、グレイスに質問を吹っかけてみた。
「グレイスちゃんはー、どうして演劇が好きになったのかな?」とアリカはグレイスの肩を抱き寄せて嬉しそうに尋ねた。
「えっとえっと、小さい頃に見た演劇がきっかけだったと思います!お家に開かれたちょっとした劇みたいなのもので、多くの役者さんが招かれたのです!」
「え、なんて劇、なんて劇」とアリカは聞いた。お家で開かれた劇ということから、ひょっとしたら、グレイスはお嬢さま育ちだったのではないかと推測したが、アリカは敢えてそこには突っ込まなかった。
「…それが、分からないのです。確か、すごく緊迫した決闘がありまして!女の人と男の人が剣で戦うのです!それがすごく迫真で!」
「男女の決闘!それはひょっとして、『野犬と悪鬼』なのかもしれないね!」
「え!『悪鬼』に他の演劇があったのですか?」グレイスは目を丸くして、心底びっくりしたような顔を見せた。
「そうなのよ!実はあまり知られていないけどね…」とアリカが説明をしようとするところ、興奮のあまりグレイスは「えっ、えっ!」と楽しそうにはしゃいでいた。ダグラスはそんなやり取りを横目で見ながら、頭を抱えていた。彼女達の話はいつになったら終わるのかと思っていた。
しかし、突然の第三者の登場により、彼はこの混沌から救われることになる。
「シスターグレイス。他の皆さんが働いているというのに、歌を歌ってサボるなんて良いご身分ですね」
騒がしい話し声の中、はっきりとした、しかし怒鳴り声とまではいっていない、きつい声が響き渡った。即座にグレイスは燥ぐのを止めた。彼女の紅潮した顔は一気に青ざめた。いつの間にか目の前に彼女の監督者、マザージャコビンが冷たい目をしながら立っていた。
「あ…あの…」
今までの元気がどこに行ってしまったのやら、グレイスはまた本来の怯える小動物へと逆戻りしていた。時間がどれくらい経っていたのか分からないが、休憩時間はとっくに過ぎていたことに気づく。調子に乗ってしまったことに謝罪をしようとしたが、口がしどろもどろになっていて、言葉がうまく発せない。先ほどのうろたえたトラインといい勝負だ。
アリカも一足遅れて酔いが醒めることになった。彼女はすぐにグレイスの置かれていた立場を察した。
「ああ、…シスター?すみません、グレイスちゃんをちょっとお借りしていまして」
アリカはぱーっとした笑顔をして、縮こまったグレイスの肩を抱き寄せた。絡んでくる厄介なお客のふりだ。しかし、ジャコビンは納得していなさそうだった。
「…シスターグレイス。…あなたは今、修道女であること理解しているのでしょうか。昔あなたがどのように遊びまわっていたか知りませんが、もうそんな日々はないと考えた方がよろしいのでは。演劇という金持ちの娯楽などもうあなたとは無縁でしょう。そろそろそんなものは卒業をするのを考えてください。
…よろしいですか。
…分かったのならば、早く仕事の方に戻りなさい」
ジャコビンは、グレイスが浮かれてはしゃいでいたことに対して苦言を呈してきた、というよりも、彼女の精神の奥底に秘めている演劇への憧れそのものを非難してきた。その問いかけはグレイスの心に深く、冷たい釘のように刺さった。
これ以上は言うことはないと思ったのか、ジャコビンは踵を返し、去ろうとした。
しかし、ここでグレイスは思いがけない行動に出る。彼女はジャコビンを呼び止めた。
「マザージャコビン。……私のことが嫌いなのでしょうか」
その言葉をすると、ジャコビンは背を向けたまま足を止めた。
これはなんとも奇妙な問いかけだろうか。
人によっては、これは見当違いであるとも思えるかもしれない。
グレイスは、修道女ではあるまじき振る舞いをしていて、そのことを咎められること自体は筋が通っている。彼女自身もそれが分かっていて、それに対する罰が下ることすらも覚悟していた。それが単なる忠告に留まったことに関しては、彼女は幸運であると思うべきなのであろう。
しかし、今までジャコビンが彼女に対して、他のシスターとは異なった対応してくるのを肌で感じ取っていた。彼女の生い立ちをやたらと引き合いに出してくるなどと。彼女がいじめられていたとしても、そのことには口を出してはこないこと。どうも冷たく扱われているのが気になっていた。
自分のことを真にどう思っているのか、そのことを聞くのが今までは怖くてできなかったのだが、彼女はこの場で思い切ってジャコビンに聞くことにしたのだ。
ジャコビンはこの問いに対して、監督者らしい模範的な回答をすればよいだけの話だ。
あなたが騒いでいたことに注意したのは、私があなたを嫌うからではありません。
あなたのためを思って、注意したに過ぎません。
このような言い方をすれば、監督者としての名義は立つともいえるだろう。
仮にも、多くの子供の面倒を見る母親役なのだ。そのような言い方をするのが筋ともいえる。
しかし、ジャコビンはそのようには言わなかった。
また、嫌いではないと、グレイスを訂正するような言葉も取らなかった。
彼女は振り返らず、背を向けたまま、小さく言い放った。
「仕事に戻りなさい、グレイス」
そう言い残すと、ジャコビンは振り返らないまま、食堂を後にした。




