01-02 護衛の奮闘
グレイスは出発のころを思い返してみると、護衛は二人ついてきてくれたことを思い出す。もう一人はダグラスという男で、黒い帽子と黒いコートという渋い恰好をした好青年であったのを覚えている。そんな彼は狩人であり、弓矢で獣をしとめていると話していた。
「こっちは弓矢でけん制しているだけなんだから!俺が射止めた手負いの奴らをお前が仕留めてんだろうが!」
とダグラスの声が頭上から、白い布の向こう側から聞こえてくる。
「言い訳は後で聞いてやるよ!晩飯はてめえのおごりだからな!」
ニールは快活に笑いながら、狼を刺し殺す。シスター達から歓声がまた上がった。どうやら、この応援の声はニールだけではなく、ダグラスにも向けられているものだった。
「にしても、これだけの観客がいるのは気分悪くねぇな。こっちも仕事しがいがあるってもんだ!」
そう言うと、ニールは着ていたタンクトップを脱ぎ、上空に放り投げた。上半身が露わになり、胸筋と腹筋が発達している肉体が女性陣の前にはだけた。
シスター達の歓声が一層高まった。一緒になってはしゃいでいたケルシーはキャーキャーと叫び、膝立ちのままピョンピョンとは跳ね、まくしたてるような拍手をした。
興奮のあまり、他のシスター達も同様に立ちあがろうとして、運悪くも一人の頭が勢いよくグレイスの顎にぶつかってしまう。顎を殴られたような感覚になり、グレイスはくらくらしながら後退ってしまう。頭をぶつけてきたシスター(後ろ姿しか見えなくて誰か分からなかった)はそんな彼女に気づかず、応援に夢中していた。
「ニール様!!」
グレイスがたまらず、再び馬車の荷台の後方へと戻っていく最中に再びジャコビンの悲鳴が聞こえた。
「節制を学ばせている生徒たちの前でなんてことを!ただちに服を着てください!」
だけど、男はその怒鳴り声を笑い飛ばし、女性たちの応援を背に、半裸のまま戦闘を続けた。
グレイスは応援の輪に加わるのはやめて、荷台の奥に崩れるようにして座りこみ、置いておいた本を拾い上げ、また胸のあたりに抱きしめた。顎への痛みを耐えながらも、早くこの状況が終わってくれないかと願った。
仲間の喧噪、狼の咆哮、男の笑い声とマザージャコビンの叱責が頭の中で全てごちゃまぜになって、彼女を余計に疲れさせた。かれこれもう五時間近くも馬車に揺られてきて、朝食以来何も食べていないのだ。目的地のジェスタイデル町に辿り着けば、夕食が待っているという話だが、彼女の胃袋はもう我慢できないと言いたいのか、悲鳴を上げていた。
グレイスが疲れ切っていて、目をとじて休憩を取っていたところ、今までの歓声とはまた違った、緊張が走る悲鳴が応援団から上がった。
「ニール!」
荷台の上からダグラスから焦りの声が聞こえた。一瞬、まさかとグレイスは思った。
「ええい、くそが!」
ニールの悪態が聞こえてきて、グレイスのいる荷台の壁に狼がぶつかってきた。突然の出来事に彼女は思わず悲鳴を上げた。しかし、どうやら、ぶつかってきた狼は既に息を引き取っていて、白い布の壁に血の跡を残しながら、地面の方へと力なく落ちていった。シスター達のどよめきはまた大きな歓声へと変わっていった。
「もういねえよな!…いねえな!よし」というニールの声が聞こえ、グレイスは安堵でほっとため息をついた。シスター達がみんなパチパチと拍手を贈っていて、「ニール様!」「ダグラス様!」と称賛の声が聞こえてきた。どうやら無事に終わったようだった。