01-01 護衛の奮闘
シスターグレイスは悲鳴を上げて、馬車の荷台の奥の方へと後ずさった。狼の咆哮がする度に、体が震えた。荷台の中からだと外の様子が詳しく見えないが、狼の群れに囲まれていたのが分かっている。荷台は、木材と白い布で簡素的に囲ったくらいの造りなので、いつ狼が破って入ってくるか分からなかった。
荷台の前の方は口が開いていて、そこに他のシスター仲間達が体を寄せ合って集まっているのが見えた。みんなは外の様子を覗きながら、けたたましい叫び声を上げていた。しかし、それは恐怖に怯える悲鳴ではなく、黄色い歓声のようにも聞き取れた。
歓声を上げていたシスター仲間の一人がグレイスの方へ振り返ってきて、興奮した面持ちで膝立ちのまま駆け寄ってきた。彼女は茶髪のショートの髪型をしていて、丸顔で頬にはそばかすがあるのだが、とても可愛らしい印象がある女の子だ。
「グレイス!もう大丈夫だよ!もう狼は多くはないよ!一緒に見ようよ!」
と、グレイスの腕を引っ張って、応援の輪に加わらせようとしてきた。
グレイスは抱きかかえていた大事な本を荷台の上に置いた。彼女は友人のケルシーに、他のシスター達が固まっていた荷台の前の方へと引っ張られる。
狼の吠え声がまた聞こえ、グレイスはまた小さく声を上げたが、ケルシーが大丈夫だよ、とまた宥めてくる。
荷台の前の方まで出ると、夕日が目に入ってきた。とてもまぶしくて、反射的に目を瞑ってしまう。目をまた開くと、オレンジ色に照らされている森が見えた。周りに見える多くの針葉樹があることから、山道のど真ん中であることが分かる。どうやら乗っていた馬車は、まだ山を抜けきっていなかったらしい。
風の上に乗ってきた血生臭い匂いが鼻を刺激し、思わず顔をしかめてしまう。外では狼と護衛の人の死闘が繰り広げられている。
「護衛の人、すごいよ!ほら!」
ケルシーは外に向かって指をさした。グレイスはケルシーに釣られるようにして、まばゆい光景へ前にして目を凝らした。
強靭の肉体を持った金髪の男が戦っているのが見えた。彼は大きな剣を振り回していて、襲い掛かってくる狼を一体、また一体と斬り伏していた。その証拠にあちこちに狼が斬られて倒れていくのが見える。馬車の周りに十体程狼が倒れていて、健在していたのはとうとう四匹くらいまでと減っていた。ケルシーの言う通り、戦闘は終盤を迎えているところだった。
狼が一匹吠え、金髪の男に襲い掛かると彼は剣を真上に振り、軽々と狼を斬ってしまう。獣の血が、花がパッと咲かせては雨を降らせた。男は血の雨を浴びながら、こちらの方へ振り返り、シスター達に笑顔を向ける。
シスター達から大きな歓声が上がる。日頃から禁欲を求められている修道女にとって、異性の華々しい活躍は大変いい刺激となっていた。
少し余裕が出てきたグレイスは、シスター仲間達の頭の間から、男の顔を少し観察することができた。なるほど、確かに男は結構なイケメンであった。顎の辺りまで落ちている金髪が更に彼のかっこよさを際立てさせていた。年はぱっと見ても分からないが、グレイスは三十半ばくらいなのではないかと推測した。
「ニール様!」
同期とは違う、年季の入った甲高い女性の懇願が聞こえた。後ろにある馬車の方から聞こえてきた。(馬車は合計で三台あり、グレイスはその真ん中の馬車の中にいた)
「護衛を全うしてくれるのは大変ありがたいのですが、もうちょっと…こう!…獣の血をこっちにわざと飛び散らせるのは、…やめてくださいませんか!?」
皆の監督者であるマザージャコビンは、馬車の荷台に隠れながらも、血をいっぱい被っているのが見えた。狼の襲撃に対して、彼女は最初は慌てふためいていたものの、今は優勢であることを知ると、護衛に対し文句をぶつけていた。
「ええ、なんだい!?そんなことを一々気にして護衛できるかっての!」
金髪の男ニールはまた襲い掛かってきた狼一匹を剣でいなして、飛ぶコースを無理やり変えさせた。
「おい、ダグラス!てめえ今何体だ!?」
「二体だよ!お前に比べて少なくて当たり前だろ!」と別の男の怒鳴り声が聞こえてきた。
なんと、グレイスの入っていた馬車の荷台の上の方から聞こえてきたのだ。上の方へ振り向くと、荷台の屋根の上に器用に乗るようにして、矢を放っている姿が見えた。白い布で遮られているので、男の全体像が見ることができず、影でしか彼の様子が確認するこができなかった。




