31-02 光の剣
「おい、お前」
ユリーカはナイプに声をかける。適当な会話でもして、時間を稼ごうという算段だ。
「名をなんという。光の剣を扱えるなんて、珍しいじゃないか」
余裕そうに笑みを浮かべるが、正直立場が悪い。そう悟られないためにも平静を装うとした。
ナイプは話しかけられるのが意外だったのか瞠目したが、油断せずに剣を構えたまま返事をする。
「ナイプだ。お前らは一体なんなんだ」
以前問いかけて無視された質問を再度呼びかける。今度はユリーカはちゃんと応答した。
「俺はユリーカ・プレムタック。こちらはマクファデン男爵だ。こちらのアンデット達を使役できる者だ。」
とりあえず自己紹介でもしておく。このまま適当におしゃべりでもして場を保とうとユリーカは考えた。
プレムタックという名前に、ナイプは顔を顰めた。予想通りといっていいのか、この二人は六十年前の惨劇の原因となった人達だ。となると、やはり敵であるのが間違いない。
「ニール達はどこにいる」
ナイプはひとまず、気がかりだったことを問う。聞き慣れない名前にユリーカは片眉を上げる。
「ニール?誰のことを指している?」
会話をしてくれることに内心ほっとしながら、ユリーカはそれを引き伸ばそうと試みる。
「金髪をした剣士だ。この屋敷に入っていってきたはずだ」
「ああ、あの男のことか」
その描写のみで、誰を指しているかユリーカは即座に思い浮かべられた。
「あいつは終わったよ。恐怖に飲み込まれていってな」
彼はほくそ笑みながらそう答えた。
「…どういうことだ」
ナイプはなんとなく予測はできていたが、認めたくなかった。
「…さすがにこの屋敷に侵入してきたということは、俺の恐怖魔術の一端は聞いていることだろう?あのニールという剣士。男とは思えない悲鳴を上げて、怯えていたなぁ」
「…嘘こくんじゃねえ」
「嘘なんてついてないさ」ナイプの表情が明らかに変わったことに満足した。動揺している相手をこうして揺さぶるのは、昔から好きだった。
「ニールっていうのか。あいつは無様な奴だった。涙を流して、助けてくれと命乞いをしてきてな。いやあ、見ているだけで本当笑えて来るよ、あの必死さは」
挑発は止めない。命乞いなんてことはしてこなかったけど、ナイプの苛立っていく顔をもっと見たくて、話を誇張していく。ユリーカは時間稼ぎという本来の目的は忘れ、この少年の心をいたぶることを楽しんでいた。
「うるせえ!」語気を強めるナイプ。しかし、ユリーカは止まらない。
「しまいにゃ、シスターに抱き着いて助けて助けてとしか言わなくてなあ。いや、ああはなりたくないって…」
そこまでいうと、ナイプは突然攻勢に出た。声も発さずに、いきなりだったものなので、調子に乗っていたユリーカも吃驚して話を途絶えさせた。
ズシャという音とともに待機していたゾンビが胴体を真二つに斬られていた。ナイプは続けて横に控えていた別のゾンビに斬りかかる。彼の顔は蒼白に変色していて、目は怖いくらいに開いていた。鬼神のごとくまたゾンビを斬り伏せる。今はただ目の前の敵を斬ることしか考えなくなっていた。
マクファデンが慌てて最後のゾンビを使役して、盾にならせるよう命令を下す。しかし、ナイプは既に肉薄していた。
「兄貴がてめえらなんかに負けるかよ!」
大声で怒鳴りながら、剣を思いっきり振り下ろす。まったく身構えていなかったマクファデンの霊体があっけなく両断された。悲鳴を上げることなく霊体は霧散していく。その様子を見て、ナイプは眦を決した。
(くらえばひとたまりもない!)
もはやマクファデンの安否などを考えてはいなく、自分に対して危険があるかどうかの判断しかしていなかった。更に迫ってくるナイプに、ユリーカは効くかどうか分からない恐怖魔術を行使せざるを得なかった。
「暗転!!」
その言葉が聞こえた瞬間、ナイプは突然の異変にさらされた。
煽ってくる少年に剣で斬りかかろうとしたが、視界がまっくらになってしまった。対象の少年も消えてしまった。
「ふう…。なんとか間に合ったか…。これさえ入ればこっちのもんだからな」
ユリーカが安堵した声でつぶやく。
「何をしやがった!」
「恐怖魔術の一端、『暗転』さ。対象者の恐怖の度合いに比例して、視界を奪うことができる。これでお前は俺に攻撃はできないということだ」
しかし、まったくの真っ暗闇というわけでなく、自分の周りは視認できるくらいの明るさは残っていた。ナイプは剣を更に光らせようと力を込めるが、視界は良くならない。これでは、確かに攻撃できない。




