22-02 執事フランシス
まるで死刑の宣告のようだった。「恐怖の瘴気」が何なのかは分からないが、とにかくまずいことはグレイスには分かった。その言葉とともに、彼女は目を強くつぶり、体が一層強く震え始めた。トラインはアマンダの話を思い出していた。六十年前、プレムタック屋敷に囚われた人は、恐怖魔術にやられてしまい、凄惨な最後を迎えたという。それが、自分達にも今起きようとしているのだ。その事実があまりにも残酷すぎて、彼女は胃から朝食が喉への登り詰めようとしていた。吐き気を必死に抑えようにするにして、彼女は口に手を抑えた。呆然と立ち尽くす皆に満足したのか、フランシスは踵を返した。
「それでは、ごゆっくり当館内を見物でもしていってください。長年手入れがされていないのはご容赦の程を。二階には、素晴らしい絵画が揃っておりますよ。精神が破壊されるまでの間、鑑賞をされていかがでしょうか。…では、私はこれにて」
彼はそう言い残し、来た方向へと戻っていった。燐光が段々と廊下の向こう側へと薄れていっては、消えていった。後には、絶望的な客人が、寂れたエンドランスホールに残された。
「…なんだったんだ、あいつ。何しに来やがった!」とダグラスが憤りを見せた。
「状況を説明した方が、いかに私達が絶望の淵に立たせられていることを自覚してほしかったのだろう。そうすることで恐怖魔術は浸透しやすい。奴らの昔のやり口と一緒だ」とエイドリアンは苦虫を嚙み潰したように説明した。
「おい、どういうことだ、エイドリアン!プレムタック家は亡くなったはずじゃなかったのか!」ダグラスはエイドリアンに食って掛かった。
「そのはずだったんだ。まさか死霊術が絡んでくるかと思わなかった…。知らなかった!」
冷静沈着なエイドリアンにしては珍しく、動揺をしていた。「…調査不足だった。すまない」
「すまないで済まされるものか、おい、俺たちも昔の被害者のようになるっていうんだろう!?」
そこまで言うとダグラスはハッ何かを思いついた。彼は入り口の方へと走り、ドアに手をかけた。把手を引っ張ろうとしても微動だにしなかった。彼は思いっきり引いたり、ドアを蹴ったりしたが、結果は一緒だった。
「無駄だ。結界が解けない限りはこの屋敷からは出られない。窓から脱出も不可能だ。結界石を破壊しなければならない」
苛立たし気にドアを格闘していたダグラスは、彼の努力が無意味だと分かると、怒りの剣幕でエイドリアンのもとへ戻った。このまま責任の追及をしたかったのだが、そんなことをしている暇ではないと彼は分かっていたので、それ以上は言わなかった。
「…探しゃあいいんだな。具体的な位置を掴んでいるのか」ニールが早くも取り掛かろうという姿勢を見せた。恐怖魔術が既に発動している以上、口喧嘩をしている時間などなく、精神の破綻というタイムリミットまでに、ここから出る必要がある。
「結界石については、メファリアが知っているという。フィスビに聞こう」
「メファリアというのはプレムタックの者じゃないのか…。何故信用できる。ここにおびき寄せられたのも、そいつのせいなのじゃないのか」
「ないとは言い切れないが、今となっては信用するしかない」
頼りないエイドリアンの返事にダグラスは舌打ちをした。みんなはフィスビを捜すために四顧した。今の今まで彼女はずっと黙っていて、存在は一時忘れられていた。
フィスビは相も変わらずグループの端の方にいた。しかし、どうも彼女の様子が可笑しかった。キョロキョロとあたりを見回しては、手を伸ばして、小さく何かをぶつぶつ言いながらあてもなく彷徨っていた。その奇妙な様子に一々気にする暇もなく、エイドリアンは彼女に話しかけた。
「フィスビ。今こそメファリアの助けが必要だ。結界石の場所を聞き出してほしい」
すると、フィスビは怯えている表情でエイドリアンの方へ振り向いた。目が泳いでいて、動揺しているのが窺える。親に捨てられた子供のように、弱弱しく見えて、いつもの強気でいる彼女らしくなかった。普通ではなかったので、エイドリアンは思わず問う。
「フィスビ?一体どうしたのだ」
みんなもフィスビの挙動が気になったのか、顔色を窺うために近づいた。
「…メファリアが…」声が少し震えていて、とてもひ弱だった。
「メファリアがいなくなっちゃったの…」フィスビは泣き出しそうな声でそう述べた。




