02・ありきたりな転生のいきさつ
遅くなって済みません。第2話です。
話せば長くなるが、僕は火事で死んだ。
全然長くないって? いやいや全部話すと本当に長い。結構熱かったし、身体中が焼けるしで思い出したくないだけだ。それに、僕と六花との関係も説明するとなると、そこそこ遡って話さないとだから結構面倒くさい。
まあ、話が進まないからとっとと話そう。
まず僕の名前は大森拓斗。21歳の社会人3年生にしてお隣の幼馴染、三宮六花の下僕だ。
うん、自分でも何を言ってるんだという話だが、僕と六花はそんな関係だった。
付き合いは幼稚園からで、その頃からの力関係が今も続いていた。
途中何度も何度も反抗はしたんだ。なのにあのゴリラ、女子とはとても思えない圧倒的パワーで毎回ねじ伏せられてきた。
時には大人の前で「もう止めてくれ!」と訴えても、演技派女優もかくやという悲痛な面持ちの涙で毎回僕が悪いことになってきた。
そうして僕はいつしか反抗を止め、あいつの下僕の立場に甘んじるようになったんだ。
六花は顔だけはアイドル並みに可愛かったからとにかくモテた。小学校から中学、高校と下駄箱の中には常にラブレターが差し込まれ、街に出れば毎回ナンパかスカウトっぽい人に囲まれていた。
僕はいつも願っていた。六花に恋人が出来たり、アイドルデビューとかしたりして僕から離れていってくれることを。
最初に言っていた通り、死ぬまで下僕だった訳だから当然解放はされなかったのだけどね。
あまりにも他の男に靡かなかったから、もしかして本当は僕のことが好きで、これが世にいう“ツンデレ”というヤツなのではないかと勘違いした時期もあったんだけど――うん、本当にバカだった。
「お前、本当は僕のこと好きなんじゃないの?」
高校1年の冬休み、いつものごとく家に呼び出され、六花がやり忘れていた日食の観測日誌を偽造していた時、僕は言わなくてもいいことを言ってしまった。
六花の答えはアイアンクロー(正式名称はブレーン・クロー)だった。しかも全力の。
「イタタタタイタィィィッ!! 潰れちゃう、ほんとに中身でちゃう!!」
強烈な痛みの中、六花の指の隙間から覗いた顔は無表情だった。すべての感情が抜け落ちたような面持ちで、まるで僕を(物理的に)潰すことが当然のようにさらに力を入れていく。
「殺さなきゃ……」
薄れゆく意識のなか僕は、人生には絶対に間違っちゃいけない選択肢があることを学んだ。そして、ちょっとした勘違いで幼馴染を全力で殺しにくる六花から、いつか絶対に逃げ延びることを誓って意識を手放した。
※※※※※
「タク兄、悪いことは言わないからリツ姉だけは止めとけって」
「そうよ、タクトさんにはぜっっったいに姉さんは似合いません!」
病院で目を覚ますと、今回の命の恩人である六花の弟妹、三宮悠太と綾香にそう言われた。ちなみに綾香が僕と六花の2つ下、悠太がそのまた2つ下の年齢だ。
僕が小学5年生というとても多感な時期に妹が生まれた大森家と違って、三宮家の家族計画はとても綿密だったらしい。
「今回もありがとうユウタ、それに綾香ちゃんも」
「どう致しまして。って、ホントにタク兄は懲りないよね。リツ姉を怒らすの」
「今回は何を言って怒らせたんですか?」
僕は痛む頭を擦りつつ、病室から廊下に出る。そして周囲を見回し、室内もベッドの下まで調べ、そしてまた廊下を見て六花がいないことを確認してからベッドに戻った。
「六花に、本当は僕のこと好きなんじゃないかって聞いた」
瞬間、「うわ~~」と口を揃えて呆れた表情になる三宮姉弟。うん、解ってる。今ならその選択肢は絶対に選んじゃいけなかったってことは。だからそんな呆れるを通り越して「何やってるのお前」みたいな顔しないで!
「まあでも、タク兄がリツ姉を引き取ってくれるなら、それはそれでアリかもなー。寸胴で性格に難アリだけど、顔だけは美人だし」
「私は反対! タクトさんには私みたいな癒し系の女の子のほうが絶対合ってます!」
「アヤ姉、自分で癒し系って言うのはちょっと……」
「いや、僕も六花は正直無いかなー、と思ってるよ」
「―ーほう」
いつの間にか開かれた病室のドアから、六花がこちらを見ていた。あ、お見舞いの花を持ってきてくれたんだね。でも鉢植えは縁起悪いよ?
そしてガシッと、僕と悠太の顔が掴まれる。あー、なんか最近あったわ、このシチュエーション。
「なんで俺まで!?」
悠太を片手で持ち上げる六花。すげぇ、悠太のやつ片足宙に浮いてるよ。まあ、本当のこととは言え、寸胴とか言っちゃいけないよね。
「姉さん待って! ここ病院だからステイして! ハウスして!!」
うん、綾香ちゃんもいい感じに混乱してるな。六花とペットのハナ(秋田犬・♀5歳)がごっちゃになってるし。そして僕の意識はまた薄れていって――僕はそのまま入院続行となった。
その後は、近場の大学に進学した六花から逃げるように自動車製造の期間工に応募して県外脱出したのに、僕の延長契約がいつの間にか解約されて地元に連れ戻されたり。遠洋漁業の漁船に滑り込みで申し込んで物理的に逃げる手はずだったのに、いつの間にか違約金が(僕の貯金から)支払われて漁船に乗れなかったりと色々あって、僕は21歳の誕生日を地元で迎えた。
「どうしてこうなった」
僕は自問自答する。
僕の誕生日を皆でお祝いしてくれる。だから早く帰ってきなさい。そう六花に言われて、僕は早めに仕事を終わらせて一人暮らしをしていたマンションに帰ってきた。
今、そのマンションが燃えている。
僕の部屋は3階の奥。火元は2階の手前から2つ目の部屋。階段と3階はもう煙に包まれてる。
頭が回らない。部屋には誰がいる? 六花、綾香ちゃん、悠太、そして妹の千鶴。周りを見渡すが、野次馬はいても4人の姿はない。消防車はまだ来ていない。
僕は集まる人をかき分け、誰でも何人でもいいから消防車を呼ぶよう回り中に声を掛ける。そしてマンション壁側の共用水栓を開け、全身に水を被り、スーツを水に浸して顔を包む。そして予め部屋のカギを用意し、水に浸したハンカチで右手を包む。
「あんた、何する気だ!」
誰かが何かを言った気がするが応えている時間が惜しい。確か、避難梯子は3階一番手前の301号室のベランダにあったはず。僕は一気に階段を駆け上がり、3階奥の自分の部屋まで駆け上がった。
息を止めたまま鍵穴にカギを突っ込んでノブを回す。まだ熱は伝わってないのか、火傷することなく玄関ドアはすんなり開いた。
「みんな、無事か!?」
部屋に飛び込みすぐにドアを閉じる。パーティの飾り付けをされた部屋には、不安そうな顔をした4人の姿があった。
「タク兄」「タクトさん」「お兄ちゃん」、3人が不安そうに僕を呼ぶ。そして「タクト……」、初めて見る怯えたような六花の顔。その顔をちょっと強めに引っぱたく。
「しっかりしろ!! 今から皆で逃げるぞ!」
ハッとしたように顔を上げ、頷く六花。怯えていた3人も、僕の言葉に救いが見えたのか心なし笑顔が戻る。
「301号室のベランダに避難梯子がある! そこから降りて皆で助かるぞ!」
懸念はあったけど、そんなこと噯にも出さない。少しでも助かる可能性に掛けて、僕は干していたタオルを手に取ると、ベランダの隔壁をぶち破っていく。そして301号室のベランダの床に格納された避難梯子の蓋に触って、懸念が現実となったことを悟った。
「どうしたの?」
六花が不安を隠しながら聞いてくる。僕は何でもないことのような振りをして言った。
「蓋が熱を持っている。ここからは逃げられないから別の方法を取る」
そして301号室のベランダ窓をぶち破る。まだ煙は入ってないものの、かなり蒸し暑い。我慢してキッチンに向かい、タオルに水を染み込ませる。
「綾香ちゃん! 千鶴! こっちに来て! 六花と悠太はベランダで待ってて!」
不安そうに手を繋ぎながら来た2人の顔にタオルを巻きつける。
「手をしっかり握って離さないで。綾香ちゃんは僕の手を、千鶴は綾香ちゃんの手を。怖いけど目を瞑ったままで、僕が息を止めろと言ったらそのまま頑張って息を止めて付いてきて。あと階段に転んでも絶対に息をしないで目も開けないこと。絶対に助けるから絶対に守って!」
それだけ言って綾香ちゃんの手を引く。玄関扉のノブを握る。まだいける。
「息を止めて!」
そういって玄関ドアを思いきり開く。煙が勢いよく室内に入るが無視してがむしゃらに階段へと進む。階段を降りるときに綾香ちゃんの腕を持ち上げると、意図に気付いてくれた。途中千鶴が蹴躓いたがなんとか外に転がり出ることが出来た。
「おおっ、人が出てきたぞ」
消防車はまだ来ていないようだ。ざわめく見物人に綾香ちゃんと千鶴を預けながら、タオルを持ってもう一度階段に突っ込む。
「君! 待ちなさい!」
待てるわけがない。喉が痛い、目が痛い。だけど僕は進む。やっと301号室のドアにたどり着く。ノブを握った手がジュっと焼けるが気にしない。
「六花! 来い!! 悠太は少しだけ待ってろ」
もう2人一遍には無理だ。少し下手打つだけでみんな死ぬ。悪いが悠太は最後だ。
「悠太はどうするの?」
六花の前には僕だけだ。隠すことのない怯えが顔に出ていて「おっ、レアだな」なんて思ってしまう。
「あいつは男だ。体力もあるし最後に助ける」
そうしてさっきと同じように六花の顔に濡れたタオルを巻いて指示を出す。そして思いきり玄関扉を開けて外に飛び出した。
いま考えれば、悠太はベランダから飛び降りさせて、下で僕が受け止めれば良かったんだよな。そうすれば僕は生き残れた可能性が高い。でも、悠太は良いヤツだから、俺の上に飛び降りるのは嫌がったかもしれないから、結果としては良かったのかもしれない。
僕はまた、六花を見物人に預けて走り出す。
「タクト! 待って!!」
「すぐ戻る!」
六花のあんな必死な声って、いつぶりだろうか。帰ったらからかってやろう。絶対に。
ふらふらの足に力を入れ、301号室の玄関扉をもう一度開ける。目もほとんど見えないし、手の感覚もない。勘を頼りにベランダに向かい、途中で301号室の住人の物と思われる饐えた匂いのする布団を持ち上げる。腕が重い。
「タク兄……」
ほとんど見えないが、悠太が泣きそうな顔をしているのは何となく解った。こいつは幾つになっても感情が声に出やすい。
「悠太、いまから布団を身体に巻き付けて飛び降りて。階段は、もう無理だ」
「タク兄はどうするんだよ!」
「悠太が無事に飛び降りたら、僕も飛ぶから下で受け止めて。下は芝生だから、何とかなるだろ」
そうやってガラガラ声で笑ってやる。
「じゃあ、タク兄が先に行ってくれよ! もうボロボロじゃんかよ!!」
「ボロボロだから無理なんだ。先に落ちても倒れて悠太を受け止められない。だから先に行って。もう押し問答する時間はない。行け!」
僕は絶対に引かないと態度で示す。長い付き合いだから、こうなったら梃子でも動かないことを悠太は知っている。だから――。
「タク兄、絶対だからな。俺、絶対受け止めるからすぐ来てくれよな!」
悠太が泣きながら飛び降りた。「タク兄! 早く!」下から悠太の声が聞こえる。なんとかなったようでホッとした。僕はもう立ち上がることも出来そうにない。
でも、なんとか4人とも助けられた。僕一人の命で4人も助けられたのだから、これは凄いラッキーじゃないか。
一人を除いて皆よい子だから、願わくば僕のことは気にせず健やかに長生きしてほしい。
もう何も感じないけれど、何となく温かく穏やかな気持ちになって、僕は安心して息を引き取った。
ちょっとでも面白いな、と思ってくれたら嬉しいです。
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次話はもうちょっと早めに投稿する予定です。
ではでは。