時にはスパイスも必要です
ラルベルが店にきた日から、一週間が過ぎた。
あの後ラルベルのすすめもあって一応店員を募集してはみたのだが、今のところ問い合わせはきていない。あんな行列を見たら、誰だってあえてそんな忙しい店で働こうとは思わないだろう。
それに加えて、ロルには気がかりなことがもう一つ――。
「最近、こないんだよなぁ……。そろそろ来てくれてもいい頃だと思うんだけど」
ぼそりともう何度目かになるつぶやきをこぼすロル。呆れ顔でそれをみるジーニー。
「もうさぁ、そんなに気になるんなら会いにいっちゃえばいいじゃんか。コルンだってロル兄ちゃんが会いに来てくれたら喜ぶよ、絶対」
ちなみこの助言ももう何度目かである。ジーニーははっきりしないロルに苛立ちつつも、ダンベルトのだんなと同じだな、とあきらめの境地でもある。
どうやら大人というものは、好きな相手に好きとなかなか言えないものらしい。ジーニーならば好きな子にははっきり好きといってしまうし、遊びにいこうと誘うのも当たり前だ。うかうかしてたら、他の奴がさっさと一緒に噴水を見に行こうとか誘いにくるのだから。
――ほんと大人ってよくわかんないな。好きなものは好きって言えばいいじゃんか。さっさとデートに誘っちゃえばいいのに。
子どもの方がよほど素直で、積極的である。なのにダンベルトにしてもロルにしても、好きな相手を前にするとなぜこうもヘタレになってしまうのか。
もっともそれは男の側だけではないようである。
恋心をこじらせた不器用者は、コルンもまた同様であった。
コルンの働く屋敷は王都の西にあった。この辺りは貴族の中でも比較的低位の者が住んでいるとあって、さほど嫌な匂いが充満していない。
週の真ん中に休みをもらうことが多いと聞いていたロルである。そして今日は、週の中日だ。
――勢いできたはいいけど、住み込みで働いているコルンに会うには一体どうすればいいんだ……?まさか呼び出してもらうというわけにはいかないんだろうし。かといって他に会う手段もないし。
うろうろと屋敷の辺りをうろつくロルは、さながら不審者である。
それを、屋敷の離れの窓からいぶかしげに見る者がいた。急いで隣室のメイド仲間のもとへと駆け込む少女。
「ちょっと、コルン!変な人がここをさっきからずっと覗いてるんだけど!変質者かなぁ?奥様に相談したほうがいいかしら」
そう言って、コルンを窓辺へぐいぐいと引っ張っていく。その窓の下に見たものは。
「……ロルさん?」
ここからはそれなりに離れているため、顔までははっきり見えないが間違いない。ずっとロルのことを考えていたのだ。見間違うなどありえない。
急いで階段を駆け下りて、外に飛び出すコルン。
「ロルさん!ここで何してるんですか?」
ぜいぜいと息を切らしながら、少しくたびれた部屋着のままで出てきてしまったことに気が付いてうろたえるコルンである。髪も朝整えたきりだし、ぼさぼさだったらどうしよう。それにいきなりすぎてどんな顔して会えばいいのか……。
あれこれと考え過ぎて、挙動不審なコルン。
「あ、あのさ。この間もしかしてきてくれた?店。いや、気のせいかもしれないけど」
この間というのが、コルンが逃げだしたあの日であることは明らかだった。ロルは髪をくしゃりとかき上げて、困ったような顔をしている。
「……はい。あ、でもすぐ用事を思い出して帰っちゃったんです、けど」
尻すぼみに小さくなっていくコルンの声。自分でもなぜ嘘をつくのか、ごまかそうとするのか分からない。いっそのこと行かなかったといえばいいのに、と自分に突っ込む。
「そっか、そうなんだ。ならいいんだ。なんかコルンがいた気がしたからさ。……あの、今日休みだよな?もし予定がないなら一緒に散歩でもどう?」
元気がないような気もするが、用事があったのなら仕方がないと安堵するロル。
まさかラルベルとの仲を誤解されているなど、思いもしない。というかあの町の者ならば、誰一人そんな勘違いはしない。ラルベルがロルを見る目とダンベルトを見る目とは、その辺の石ころとスイーツほどに違うのだから。
久しぶりに会えたコルンの姿に、嬉しさが顔に滲み出る。今日の格好は今までに見たよりもずっとラフな感じで、髪も自然な感じで下ろしてあってとてもかわいらしい。これまでよりもちょっと幼く見える。
コルンを見つめる目はまさにスイーツを見つめる目、そのものである。もちろん当人は気が付いていないが。
「は、はい……!喜んで」
先日の光景を思い出しては落ち込む日を送っていたコルンだったが、実際にロルに対面すると嬉しさと気恥ずかしさで胸がいっぱいになってしまう。急いで部屋に戻り身支度をさっとすませて、少しでもかわいく見えるように髪飾りをつけて、ロルのもとへ戻る。
自分を待っていてくれるロルの姿に、舞い上がるコルンである。
二人で向かったのは王都で評判だというティ―ルームである。人気パティシエであるロルとどこに行けばいいのかさんざん迷ったが、他にゆっくり話ができる場所が思い浮かばなかったのだ。
二人の目の前には、皿に乗せられた小さなケーキと焼き菓子。そして淹れたての紅茶が並ぶ。
「ここ人気あるんだね。スイーツも種類が多いし、小さめサイズなのもいいね」
「あの、ごめんなさい。他にゆっくり話ができるような場所思い浮かばなくて。パティシエの方をスイーツのお店に連れてくるなんて、やっぱり失礼でしたよね」
しょんぼりとうなだれるコルンに、ロルは慌ててそんなことはないと否定する。
実は自分がヴァンパイアで、甘かろうがしょっぱかろうが食べ物だろうが飲み物だろうが摂取できないとはさすがにまだ言う気になれない。かといって何も食べないのもコルンを落ち込ませてしまいそうだ。しかし無理に食べると体調がぐんと悪くなるのだ。
せめて飲み物だけでも、とカップを持ち上げ鼻先に近づけるロル。
「……これ、なんていう茶葉?」
そのロルの顔が、急に真剣なものに変わった。
急な表情の変化に戸惑いつつもメニューを確認すると、ティリバという名前の舶来の茶葉と定番茶葉を数種類ブレンドしたもののようである。ロルは、興味深そうにその香りを何度もくんくん嗅いでいる。
「これ、いいな……。すごくいい。多分そのティリバの香りだろうけど、これを生地に練り込んでふんわり泡立てたクリームと合わせたらすごく良さそうだ」
ロルの返答にほっと胸を撫でおろすコルン。どうやら気に入らないのではなくその逆だったようである。
頭の中はいつもスイーツのことでいっぱいのようだ。きっとどう使おうか考えているのだろう、目を生き生きと輝かせて楽しそうな顔をしている。
その表情に思わず見とれるコルン。
「……好き、だなぁ」
口からぽつり、とこぼれた心の声。心の声がうっかり口からこぼれてしまい、激しく動揺するコルン。
――私ったら一体何を!なんで口にだしてるの?どうしよう!聞こえちゃったかな。
真っ赤な顔を今にも泣きそうにゆがめながら、どうごまかせばいいかと必死に考えを巡らせるコルンの耳に――。
「俺もだよ」
向かいから聞こえた言葉に、ぱっと顔を上げるコルン。今ロルは何と言っただろうか。俺がどうとか言っていた気がしたが、聞き間違いだろうか。
「俺も好きだよ、コルンのこと」
もう一度はっきりとロルの口から、言葉が聞こえる。驚きでその目が大きく見開いたまま、ぴしり、と固まるコルン。
言葉の意味を反芻して、ようやくその意味を理解する。みるみるその顔に熱がたまって、完熟の林檎よりもさらに真っ赤に変わっていく。
「あ、わ、わた……私、その。でも、えぇ?」
動揺するコルンの手をテーブルの上できゅっと握るロル。
「で、でで、でもロルさんには恋人がいるでしょう?ちっちゃくて目がくりくりっとしてて、この間もお店に」
動揺のあまり早口で話すコルンに、首を傾げるロルである。
まさかと思いながら、しばし無言で脳内を整理する。コルンの言う、ちっちゃい目のくりくりした恋人というのは、もしや。
「いや、あのな。あれは俺の幼馴染みでラルベルっていうんだが。もうじき結婚するぞ、第二師団の団長のダンベルトって奴と」
二人の間に落ちる沈黙。
身じろぎ一つせず固まるコルン。
冷めていく紅茶と乾いていくスイーツたち。
しばしの静寂の後、コルンの大きな声が店内に響き渡った――。
あと一話で完結いたします。
この後は他のキャラクターのスピンオフが始まりますので、そちらもどうぞお楽しみくださいませ!