苦みも渋みも必要です
ラルベルはロルが新たな人気スイーツを生み出したと聞いて、色めき立った。それはチェックしなければと早速ダンベルトと休みを合わせて、スイーツデートを敢行した。はずであった。
――久しぶりのデートだったのに、いきなり王宮から呼び出し……。せっかくこの日のために、ワンピースも新調したのにな。
がっくりと肩を落として、ロルの店へと向かうラルベルである。開店時間に合わせてラルベルの下宿まで迎えに来たダンベルトを、部下が走って呼びに来たのだ。特に物騒な事態ではないようだが、呼び出しとあればいかないわけにはいかない。
落ち込みつつも、笑って見送ったラルベルである。それが第二師団団長の大切な職務であるのだから。
実はラルベルがロルの店を訪れるのは、久しぶりである。
その店先をみたラルベルは驚いた。話題のスイーツを買い求める客で、店の前は長蛇の列ができていたのである。ジーニーも目の回る忙しさに、いつもの元気印のくるんくるんしたくせっ毛もへたって見える。確かに人気でなかなか手に入りにくい、とはジーニーにも聞いていたがこれほどとは。
「これは買えないだろうなぁ……。あとで出直すか、声だけかけていくか」
ぶつぶつと悩むラルベルである。今やすっかり有名パティシエとなった幼馴染みの姿に、何やら遠くへ行ってしまったような寂しさを感じてしまう。ロルがこの町に暮らし始めてからまだ一年もたってないんだけどなぁ、と遠い目で店を眺める。
「おい!そこで何してんだよ。暇ならちょっと手伝ってくれ。あとで何か食わせてやるからさ」
そこに聞こえたのは、ロルの声である。
その誘い文句につられて裏から店内に入ったラルベルは、またも驚く。店先のショーケースに入りきらない商品がぎっしりと裏のケースにもストックされていたのだ。まさかこれが一日で全部売れるのか、と愕然とする。
あんぐりと口を開けて呆然としている間もなく、店員二号としてジーニーとともに手伝い始めるラルベル。次々と入る注文に、みるみる消えていく商品。裏のストックもあれほどあったにもかかわらず、すでに残りわずかである。
特に集中して売れているのは、やはりあの『幻の赤い宝石』と呼ばれているラズリを使った商品のようだ。心の中でよだれを垂らしながら、せめてひとつでもいいから売れ残りますように!と願うラルベルである。が、その願いは早々に打ち破られることになる。
ラルベルが手伝いに入ってわずか一時間足らずの間に、いくつかの日持ちする菓子を除いてすべての商品が売り切れたのである。想像以上の繁盛ぶりに、もはやぐったりと椅子に座り込むラルベル。
「ラル姉がきてくれて助かったよ。今日は何時にも増して忙しかったぁ!俺もう顔引きつるかと思ったもん」
ジーニーがテーブルの上に突っ伏して、今にも眠り込みそうな顔でぼやく。今日ほどでないにしろこんな忙しさの中でジーニーが日々頑張っていると思うと、なんだか気の毒になるラルベル。海猫亭の忙しい日だってこれほどではない。
「いつのまにかこんなに繁盛店になってたんだねぇ。すごいよ、ロル。そろそろ従業員増やしたほうがいいんじゃない?ジーニーともう一人で二交代制にするとか、曜日を変えるとか」
へばっているジーニーの頭を撫でながら、ラルベルが提案する。
ちなみに海猫亭には最近ラルベルより少し年上の女性店員が増えたのだ。女性好みのスイーツを扱いだしたら、若い女性同士でも入りやすい雰囲気に変わったらしい。そのおかげで店員の募集にも女性が問い合わせしてくれるようになったのだという。これもロルのスイーツのおかげである。
「考えてはいるんだけど、結構立ちっぱなしの激務だしさ。短時間勤務にしても働きたいってやつ、そうそういないんじゃないかなぁ……」
ここまで評判になるとはさすがに予想していなかったロルも、頭を抱えているらしい。きっとここまで忙しいのは、ラズリブームの今だけだとも思うと余計に雇いにくいのだ。
「まぁ確かに短時間だけ働きたい人って、案外見つからないんだよねぇ。ところでロル、ラズリのスイーツってほんのちょっとも残ってない、よねぇ?」
ダメもとで聞いてみるラルベルに、ロルは苦笑してショーケースの奥から小皿を二つ出してきてぐったりとへばっている二人の前に置く。
皿に乗っていたのは、ラズリが上にちょこんと乗っかったムースである。歓声を上げて手を取りあう二人の姿に、ロルも表情を緩める。
「もう少し落ち着いたらお前とダンベルトのとこにも持って行ってやろうと思ってたんだけど、今はこれで許してくれよ。スポンジが足りなくなってムース部分だけしかないけど、味は確かだから」
スプーンを差し入れるとふるん、とムースがかわいく揺れて、中から赤いソースがあふれ出す。中にもラズリソースを仕込んでいるようだ。さすがロルの匠の技である。確実に以前よりも腕を上げている。
口に広がる甘く濃厚な味わいに、目を細めてうなるラルベルとジーニー。
久しぶりにみる幼馴染みの幸せそうに食べる姿に、ロルはこれまでのことを思い出す。
ラルベルがヴァンパイアたちが暮らす集落を出てから、一年とちょっと。突然おかしな事件に巻き込まれて、ダンベルトと教会を偵察したり、ラルベルの護衛にかり出されたり、はぐれ者のひねくれヴァンパイアにからまれたりと、色々なことがあった。短い間に大変なことが立て続けに起こって、本当に目まぐるしい一年半だった。
いつのまにか自分まで人間の町で、こうしてパティシエなんかしてるんだからな。おかしなものだ。
あっという間に過ぎたこれまでの時間を思い返しつつ、笑みを浮かべるロルである。その幼馴染みに向けられるその表情はとてもやわらかく、とても優しげである。普段のロルからは想像もつかないようなそのやわらかな表情は、本当に心を許している相手にだけ見せる姿だ。
その表情を、店先から偶然に目にした者がいた。
ロルに会いに、店先に今まさに近づこうとしていたコルンである。
目にした光景に思わずじりじりと後ずさり、ロルに気づかれないうちに店を後にするコルン。
「ん?どうしたの?」
「いや、今そこに誰かいたような……」
ロルが振り返った時にはそこには誰もいなかった。だが、確かに気配を感じた気がしたんだが、と店先に目をやるも誰もいない。うっかりテーブルの下に落としたスプーンをしゃがんで拾い上げたジーニーと、きょとんと顔を見合わせるラルベルである。
実はコルンには、しゃがみこんでいたジーニーの姿は見えず、見えたのはロルの見たこともない優しく穏やかな表情とその視線の先で幸せそうな顔で笑うかわいらしい少女の姿だけであった――。
コルンはとぼとぼと王都の屋敷へと戻った。メイド一人一人にあてがわれている自室に入ると、ベッドの上に突っ伏す。
――すごくかわいい人だった。目がくりくりしてて明るそうで、小柄で。すごく幸せそうな顔で笑ってた。ロルもあんな優しい顔見たことないもの。きっとあの人と好き合ってるんだ……。あんな有名な人、私なんかと縁があるわけないじゃない。私なんかなんのとりえもないただのメイドだし……。
先ほどの光景を思い返して一人むせび泣くコルンであった。