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仕入れという名のデートはいかが?

 




 ロルは悩んでいた。

 港に着くはずの船がしけで、注文していた果物が届かないのだ。もちろんそれは輸入ものを使用する以上想定内ではあるのだが。

 問題は、ここのところ悪天候が続いて市場でも果物が品薄であることだ。もちろん保存してあるコンフィチュールや乾燥ものの材料で、品物の数はとりあえず用意できそうではあるが。


「それにしたって、どうも色味が寂しいよなぁ……」


 スイーツというのは味はもちろん大切だが、それと同じくらい見た目も重要だ。であるからには、やはり新鮮な果物は欠かせない。しかもみずみずしい色味もさわやかなものが。


「一応港に行ってみれば?もしかしたら他の船で多少は入ってきてるかもしれないよ」


 ジーニーも、いつになく色数の少ないショーケースを覗き込みながら難しい顔をしている。


「そうだなぁ。店が定休日の今日中になんとかそろえたいしな……。よし、ちょっと俺王都に行ってくるわ。ジーニー、お前はもう帰ってもいいぞ」


 えぇーっと不満そうな声を上げるジーニー。もともと今日は定休日で仕事はないのだから、本来はジーニーは休みである。なのに、暇さえあればこうして店に顔を出すのだ。よっぽど暇なのか、よっぽどこの仕事と店が好きなのか。


 ぶつぶつと文句をこぼすジーニーを追い立てるように店から出して、ロルはまず王都へと足を向ける。

 この町で販売される価格よりは割高ではあるが、王都へ運ばれる分は市場に並んでいるはずだ。品薄なのはここと変わらないだろうが、いくつかでも手に入れば飾り付けに使えるはずである。


 王都の大きな門をくぐり、大きな通りに出た瞬間ロルはそこに漂う匂いに顔をしかめた。


「王都はこれだから嫌なんだよな」


 もともと森育ちの野生児、いやヴァンパイアである。木や土の香りは大好きだし、あの町の匂いは気に入っている。人間らしくて自然のものの匂いがするからだ。

 だが、王都は違う。ここに住んでいるのは平民でも一部の成功者の金持ちか、貴族や王族と言った限定された人間たちである。身に着けるものもあの町の人間たちとは違って、香水だの化粧品だのと、ぷんぷん人工的な香りを放っていて嫌な感じだ。


 足早に人々の間をすり抜けて、果物を扱う店へと向かう。


 ――やっとついた。鼻がおかしくなりそうだ。さっさと品物を見て仕入れられるものがあったらさっさと退散しよう。


 果物屋の店先には、向きと大きさをきれいに合わせて並べられた果物たちが並んでいる。大きな木の箱にどん、と豪快に積んで売るあの町とは大違いだ。正直整然としてきれいではあるが、美味しくは見えない。なんとも購買意欲をそがれる売り方である。

 とりあえず、そのひとつひとつを吟味して確認していく。が――、やはり高い。高すぎる。同じような質のものが、町の二倍ほどもする。


「う~ん……。かといって何も買わないというのも。他に代用できそうなものといってもなぁ」


 胸の前で腕を組んで、しばし考え込むロル。


「え、ロルさん!?どうしてここに?」


 ふいにかけられた声に振り向く。そこには、先日店に来てくれたコルンという少女が立っていた。この間はふんわりとしたワンピースに髪もゆったりと編み込んでいたが、今日は――。

 メイド服というのだろうか、ぴしっとした制服のようなワンピースに白いエプロンといういで立ちで、髪もお団子状にひとつにまとめてある。この前のようなやわらかさはないが、きりりとしてこれはこれで……。


 はっと我に返って、コルンと見つめ合うロルである。


「いや、ちょっと果物を探しに。しけで届くはずの果物が手に入らなくてさ。コルンは仕事?」


 コルンは自分がメイドの格好をしていることをはっ、と思い出したようで、わずかに手をもじもじさせている。思わぬ場所で見慣れない格好で会ったものだから、お互いに違和感を感じてしまう。ロルもまた、先日は焦げ茶のエプロン姿だったのだから。


「はい。ちょっとお使いで……。果物が足りないんですか?」

「まぁもしいいのがあればと思ってきてみたんだけど、やっぱり王都は物価が高いよね」


 ロルの言葉に、しばし口元に指をあてて考え込むコルン。


「あの、ロルさん。このあとお忙しいですか?私あと一時間ほどで仕事が終わるんです。その後は自由時間ですから、もしご予定がなければ私の知り合いの農家に行きませんか?」


 そう言ってにっこりと笑みを浮かべる。知り合いの農家ということは、もしや果物を育てているのだろうか。


「仕事で疲れてるのに、いいの?もし何か当てがあるなら助かるけど」

「はい!まかせてください。きっと使えるものがあると思いますよ。小さな農園だけど、味が濃くておいしいって評判なんです。もっとも数は少ないから市場には下ろしてないんですけど」


 大丈夫、と胸をどんと叩いて笑うコルンである。ありがたくその申し出を受けることにしたロルは、用事を済ませて戻っていくコルンを見送る。このあとまた会えると思うと、なんだかそわそわと落ち着かないロルである。


 ――まったく俺はどうしたんだ。これじゃまるでダンベルトみたいじゃないか。


 他の男に取られるぞといっていたジーニーの言葉を、ふいに思い出すロル。髪をくしゃくしゃとかき上げて、ふぅ、と息をつく。


 ――ラルベルが言ってた血が騒ぐ感じって、これなのかな。いい匂い、みたいな。別に血が欲しいわけじゃないけど。


 初めて経験する胸の奥がぞわぞわするような落ち着かなさと高揚感に、ロルは困惑していた。




「ここです!ここがドガおじいの農園ですよ」


 コルンとロルはたわいもない会話にいちいちどぎまぎしつつ、コルンおすすめの農家へと向かっていた。コルンが指さしたのは一軒のこじんまりした家と小さな農園だ。広くはないがその土はよく手入れされていて、農園の主が大切にしている様子がうかがえる。


「ドガおじい?どこ?」


 慣れた様子で家の中に入っていくコルン。勝手に入っていいのかと戸惑うロルをよそに、コルンは今度は農園の方へと足を向ける。


「あ!いたいた。おじい!変わりない?」


 手を振り嬉しそうに駆け寄っていくコルンの先にいたのは、初老のがっしりした体格の農夫である。豊かな髭にチェックのシャツに吊りズボンといういで立ちは、まるでドワーフのようである。


「おぅ、コルンか。どうしたね、何か持っていくかい?」


 コルンの姿を認めると、とたんにその顔をゆるませて嬉しそうな表情を浮かべている。随分親しい間柄のようだ。ロルに気が付いて、コルンと何かを話している。こちらを見る視線に、値踏みされているような気持になるロルである。


「お前さん、料理人かね。うちので良かったら少し持っていきな。そんなに数はないし、珍しいものもないけどね」

「ありがとうございます。いいんですか?もちろん代金は支払いますが」


 ロルがそう言うと、ドガおじいと呼ばれた男はふわぁっはっはっ、と朗らかに笑ってロルの腕をバシバシと叩いた。


「なぁに、コルンが連れてきたんだから問題ないさ。この子はこう見えて慎重だからね。簡単に信用ならないもんを連れてきたりせんよ」


 さっそくコルンとともに、農園を見て回る。外から見たよりもずっと色々な果物や野菜を育てているようだ。中でもひときわロルの興味をひいたのは、農園の奥にぎっしりと実をつけた赤い果物である。


「これは?見た目はガベルに似てるけど。匂いは……、初めて嗅ぐ匂いだけどちょっとメローにも似てるかな」

 

 真っ赤な薄い皮にピンクの果肉、果汁がぽたぽたとこぼれるほどみずみずしい。辺り一帯に漂うその香りは、まるでちょっとスパイシーな花のようである。果汁の付いた指をぺろりと舐めると、驚くほどに甘い。が、後味は非常爽やかだ。ちょっとクルミのような香りもする。


 初めて出会う、見たことのない果物にロルの目が輝いていた。






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