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ほんのり甘いコンフィチュール

 




 コルンはいつものように紺色のお仕着せにエプロンといういで立ちで、屋敷の掃除に励んでいた。先日まで体調を崩して休んでいたメイド仲間も無事に復帰して、一安心である。

 ともするとうっかり鼻歌を歌ってしまいそうで、ゆるんだ顔を慌てて引き締めなおす。


「随分ご機嫌ね、コルン。そんなにこの間のお出かけが楽しかったの?」


 仲間の一人が調度品の埃を慎重に落としながら、コルンに声をかける。


「え?うん。初めていった町だったし、いっぱいお店があってつい色々買い込んじゃった」

「確かにあの町は一日歩いても飽きないよね。おいしいものもいっぱいだしさ。そういえばあのスイーツ店には行った?大人気の」


 何気ない問いかけに、思わず先日の出来事を思い出してほんのり頬を染めるコルンである。

 仲間は頬を染めて固まったコルンに一瞬きょとんとしていたが「何かいいことがあったのね~」と言いながら、仕事に戻ってしまった。


「今度ゆっくり聞かせてねっ」


 追及しないでくれる仲間に感謝しつつ、いまだにほんのりと頬を赤らめているコルンの脳裏に一人の青年の顔が浮かぶ。


 ――素敵だったな、あの人。私よりも一つ年下なのに、あんなお店を持っててあんなにおいしいスイーツが作れるなんてすごい。私なんかやっとお仕事を覚えたばっかりなのに。



 先日訪れた町でのひとときを思い返すコルン。


 初めてきたのだから色々なお店を探索するのもいいかなとは思ったのだが、結局あの後気が付けば日が沈むころまでロルの店で過ごしたコルンである。

 早々に店がクローズになったおかげで、店の厨房で試作品だというスイーツをたくさん試食させてもらったのだ。そのどれもが食べたことのないくらいおいしくて、しかもちょっと目新しくて、驚きの連続だった。


 売り子のジーニーという男の子もちょっぴり生意気なことを言う割に、すごく甘えてきてとてもかわいかったし。ああいうのをツンデレというんだろうか。弟にしたいくらいかわいくて、すっかり仲良くなってしまった。


 そして店主の青年――。


 その顔や声を思い出すと、どうしてもぼんやりと手が止まってしまう。

 ちょっぴりくせのある髪と、ちょっぴりぶっきらぼうな感じのする話し方。でもスイーツのこととなると、とたんに表情を生き生きとさせて話し出すのだ。どこの産地の果物は甘さがすっきりしていてチョコレートと合うとか、メレンゲをきれいに作るコツとか。

 きっとスイーツを作ることがとても大好きなんだろうな、と伝わってきてこちらまでワクワクしてくる。


 こんなに楽しそうな顔であのきれいでおいしいスイーツたちが完成していくのかと思うと、それは本当にキラキラと輝く宝石のようにも思えて。

 仕事にかける情熱とか、思いとか、やりがいとか、そういう部分でもとてもコルンにとって新鮮だった。もちろん、コルンの胸をときめかせたのはそれだけではないけれど――。


 ロルのまっすぐな茶色い瞳を思い出して、またもぼんやりと手が止まるコルン。はっと我に返り、慌てて仕事に頭を切り替える。きちんとお仕事を手を抜かずに頑張ることが、楽しい休日を過ごす肝だ。


 ――頑張って、次のお休みにはまたあのお店に行こう。今度こそ目当ての商品が売り切れないうちに、早起きして。


 そう言い聞かせて、せっせと床をぴかぴかに拭き上げるコルンなのであった。




「ったく、ロル兄ちゃんだってダンベルトのだんなのこと言えないじゃないか。ああいうのは、ぐいっと強引に行くくらいがいいんだよ。人生はあっという間なんだからさ。じゃないと、すぐに他の男に取っていかれちゃうよ」


 一体お前は何歳だ、と突っ込みたい気持ちでいっぱいなロルである。その生意気な口をうりうりと拳でどつきつつ、ロルは鍋に手を伸ばす。

 今日はこれから黒苺とカリンのコンフィチュールを作るのだ。目を離すとすぐに焦げ付いて台無しになるため、しばらくは鍋につきっきりである。


 手早く表面の汚れを流して付いた水分を拭い、砂糖をはかる。砂糖の分量は黒苺、カリンそれぞれに適した甘さになるよう変えておく。黒苺はこれまでもよく使う材料ではあるが、カリンで作るのは今回が初めてである。

 カリンというのは黄色の果肉の林檎大の果物で、口に含んだ瞬間に広がる花のような華やかな香りが特徴だ。その香りを生かして、お茶に乾燥させた皮を一緒に入れて飲まれたりもする。安い茶葉でも、一気に高級なものに引けをとらないくらい美味になるらしい。

 ただ傷みやすいのが難点なのだ。収穫時期も限られていて輸送にも向かないために、市場にはあまり出回らない。


 先日ロルの店の常連客が、知り合いの農家に一本だけカリンの木があり、今年はたくさん実をつけたからスイーツに使ってみたらどうかと持ってきてくれたのだ。当然のことながらそのままでは鮮度を保つのが難しいため、ならば加熱すればいいということでコンフィチュールを作ることにしたというわけだ。


 ふつふつと鍋の縁から小さな泡が立っている。焦げ付かないようにごく弱火でじっくりと過熱して、水分を飛ばしていく。次第にとろみを増していく赤と黄色の液体。

 それぞれの鍋からは甘く酸味のある香りが立ち上って、味わうことのできないロルもその香りに顔をほころばせる。いい匂いは万人共通である。


「いい匂いだなぁ。俺おなかすいてきちゃったよ。あとでちょっとだけ味見させて」


 ジーニーが使い終えた調理器具を片付けながら、くんくんと鼻を動かしている。


「出来上がって粗熱が取れたらな。うっかり冷める前に食べたら絶対やけどするから、つまみ食いはするなよ」

「わかった。気を付けるよ」


 うひひ、といたずらっぽい顔で笑いながらジーニーが答える。絶対つまみ食いするつもりだったな、こいつ。ロルは色々な意味で、鍋から目を離さないでおこうと思う。




 完成まではもう少し。

 出来上がったコンフィチュールは半分は保存用の瓶に、残りの半分はマカロンとケーキに使うつもりだ。


 ――あの子、コルンっていったっけ。あの子にも感想を聞いてみたいな。次の休みはまだしばらく先だっていってたけど、来週くらいに間に合えばいいけど。


 そんなことを思いながら、つやつやとしたとろみがきれいな赤と黄のコンフィチュールを混ぜるロルである。

 その顔がコンフィチュール並みに甘さを漂わせていることには、ロル本人はまったく気が付いていないのではあったが。




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