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看板少年ジーニー

『恋する偏食ヴァンパイア』完結後のお話です。

ほのぼのとした甘いお話を、スイーツ片手にお楽しみくださいね。




「はい、メローのメレンゲタルト二つに黒苺のムースマカロンね。お待ちどう様!また買いに来てね」

「私はこのレモネンのゼリーとハーブクッキーを一袋お願いね」


 次々と舞い込む注文を、小さな背を精いっぱい伸ばしててきぱきとさばいていく少年。

 年の頃はまだ十二歳くらいだろうか。その年頃にしては少し身長が低めだが、そのくりくりとしたくせっ毛と利発そうな茶色い瞳のこの持ち主は、この店の看板娘ならぬ看板少年である。


「おい、タルトもうすぐ用意できるぞ。他に切れそうなものがあったら教えてくれ。ジーニー」


 裏の厨房から声をかけたロルに、元気な声が返ってくる。


「黒苺のマカロンとジンジャーケーキがなくなりそう!でももう黒苺のストック、ないだろ?俺買ってこよっか、ロル兄ちゃん」


 最後のロル兄ちゃんというフレーズに、店先のショーケースをのぞきこんでいた女性客から歓声が上がる。小さなアイドル、ジーニーの人気は今や店主であるロルをはるかに超えていた。


「……いや、お前が行くよりむしろ俺が買いに行った方が、売れ行き良さそうだ」


 なんだか複雑な心境に、ロルの声が思わず沈む。



 ここは王都近くの町にある、一軒のスイーツショップである。

 その若き店主、ロルは近所の果物屋に来ていた。


「おや、お前さんが買い出しかい?さてはジーニーの奴がまた人気をさらってるんだな?まさか売り子の坊やに人気を奪われるとは、ロルも参ったな」


 はっはっはっと大きな声で快活に笑い飛ばす店主に苦笑を返して、買ったばかりの黒苺を持って店へと戻る。相変わらず、店先には行列が途切れることなく続いている。



 ロルがここに店を開いて、もう半年が過ぎた。

 町で暮らす幼馴染みの様子を見にきただけのはずが、いつのまにか人間の町にすっかり腰を落ち着けて暮らしているロルである。

 その幼馴染みのラルベルも、今もこの町で暮らしている。海猫亭という大きな料理店で、日々楽しそうに働きながら相変わらずおいしいものを食べまくっている。

 そのラルベルも、もうじき今の下宿から一軒家に引っ越すための準備に追われているようだが。



「おかえりー、ロル兄ちゃん。マカロンは売り切れちゃったよ。レモネンクッキーも」

「店番ご苦労さん。すぐにいくつか作るから、ショーケースの右の段を空けておいてくれ」


 開店してまだ二時間もたっていないのに、すでに欠品が目立つ。


 ――これでも多めに仕込んでおいたはずなんだけどなぁ。かといってあんまり用意しすぎても天気次第じゃ、売れ残ることもあるからなぁ。



 スイーツというのは、その日の天気や気温によっても売れるものが変わってくる。

 海に近いこの町では比較的さっぱりとした爽やかな味のスイーツが好まれるのだが、時折やってくる季節風で急に冷え込むことがあるのだ。そんな日にはホットタイプのスイーツや、濃厚な味のものが多く売れる。

 材料も、できることならば乾燥ものではなく新鮮でみずみずしい状態の果実をふんだんに使いたいが、海の荒れ具合によっては港に入ってこないこともある。


 店主としては、仕入れの量や種類、何をどれだけその日に合わせて仕込むか悩ましいところである。



 先ほど買い込んできた黒苺を大きさ別により分けて、デコレーション用とベース用にバットに並べていく。つやつやと輝くそのみずみずさに、思わず口元が緩む。


 とはいってもその味をロル自身が味わうことは永遠にないのだが。


 なんといっても、ロルは生き血を糧とする生粋のヴァンパイアである。

 数か月に一度、レテ山の奥地にあるヴァンパイアの集落にも顔を出すついでに、森の動物たちに挨拶がてら生き血の補給を済ませている。

 ヴァンパイアは基本的に省エネな種族である。一度血を摂取すれば、数か月は生きられるのだから。それに比べて日に数度栄養を分けて取らねばならない人間は、ヴァンパイアであるロルには非効率的にうつる。


 ――まぁ、あいつに比べれば他の人間なんて超絶効率的だけどな。


 ロルがその脳裏に思い浮かべたのは、他でもないラルベルである。


 人間とヴァンパイアのハーフであるラルベルは生き血をまったく受け付けない悪食で、異常な大食いなのだ。血のかわりに人間の食料から栄養を摂取しているのだが、その量が半端ない。成人男性の食事量のおよそ三倍といったところだろうか。それをぺろりと平らげて、しかもそれにスイーツも大好きときているのだ。

 甘いものは別腹といいながら、寝る前にも我慢しきれずにたっぷりとシロップのかかった菓子を食べているのを、ロルは知っている。


 集落にいた頃は、ラルベルに焼き林檎などの簡単なスイーツを作ってやっていたものだ。道具も材料も限られていたから、今のように凝ったものは作れなかったが。ロルのパティシエとしての素地はあの頃に作られたといえる。

 それが今ではこうして人間相手にあれこれ作って商品として販売しているのだから、分からないものだ。



 あれこれと懐かしい思い出にひたりつつも、その間もロルの手は手際よく動き続ける。

 その手からは、彩りも味も食感も計算されつくした目にも美しいスイーツたちが、次々と生み出されていく。


 この店の看板少年はジーニーであるが、その可愛らしさだけが人気なわけではもちろんない。なんといってもロルのパティシエとしての確かな腕と、生み出された商品の美しさ、素材の使い方の斬新さが評判なのだ。最近では王都からわざわざ貴族がお忍びで訪れるほど。


 しかもそれを生み出しているのがまだ十八歳の若者というのだから、話題になるのも当然である。


 ロルとラルベルがヴァンパイアであることは、町の者にはある程度知れ渡っている。公然の秘密、といった感じだろうか。だがわざわざ触れ回るようなものでもないし、中には色眼鏡でみる者もまったくないでもない。そのため王都にまでは知れ渡ってはいないようだ。



「はいよ、次上がったよ。今日はこれで全部だ。売れ残ったものがあったらなんでも食べていいからな。ジーニー」


 そういって商品を渡すと、にっと嬉しそうにジーニーが笑う。


 ジーニーは、もともと小さな教会でシスターと他の子どもたちとともに身を寄せ合うように暮らしていた孤児である。例の悪魔の花の事件の折、第二師団の団長ダンベルトに協力したのが縁で、今はこの町で暮らしている。


 同じく教会にいた子どもたちの内何人かは、新しい家族のもとで幸せに暮らしている。まだ決まっていない子どもたちも、近々行き先が決まりそうであるらしい。

 兄貴分であったジーニーは、自分が先んじてこの町で新しい家と仕事を見つけたことに罪悪感を感じていたようだが、ようやく最近は気持ちも落ち着いて、ここでの暮らしを楽しみはじめたようである。


 ジーニーが今住んでいるのは、ラルベルの下宿先である。マルタは息子を育ててるみたいだよ、と嬉しそうにしているし、ラルベルの使っている部屋はいずれジーニーの部屋になるのだろう。

 つまりはラルベルは、ジーニーによって追い出されるというわけだ。


 ――ま、ダンベルトをせっつくための口実だけどね。


 ラルベルがダンベルトと恋仲なのは、すでに町中の知るところである。もっとも、町に来た最初から一目ぼれ同士だったみたいだけど。でもダンベルトがどうにもはっきりしないものだから、いまだに周囲はじりじりとさせられている。


 ――でももうそれも少しの間だな。あと数か月もすれば、()()も完成するだろうし。でっかいケーキでも用意してやるか。


 ロルはその日の幼馴染みの姿を想像して、ちょっぴり寂しさを滲ませてそれでも嬉しそうに笑うのだ。






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