④追うもの、追われるもの ~another side story~
④追うもの、追われるもの
~another side story~
静まり返ったキャンパス内。最終バスもなく、誰もいないはずだった。学校にある全ての教室、部室の鍵が締められていた。もちろん、体育館の鍵もかかっていた。それもあって体育館前のコンクリートに腰掛けている人影が、このキャンパス内でひときわ目立っていた。その人影の様子からして、運動部で居残っている生徒では無いようだ。
ニャー、ニャー
「あら、定丸、またこんなところに来たの?」
定丸と呼ばれた猫は、手招きされて声のする方へ近づいていった。
「よしよし。でもこんな物騒なところに来ちゃダメだよ。」
彼女は、近くにあった猫じゃらしを片手に持ち、定丸に語りかけた。もちろん、それは一方的な会話で、定丸は差し出された猫じゃらしと戯れているだけだった。その様子を見ながら彼女は目を細めた。
「ターゲットがあなただったら、どれくらい気が楽だったでしょうね・・・・・・。」
さらりと残酷な言葉をつぶやくと、定丸はとたんに後ずさりした。そしてそのまま、草むらに姿を消してしまった。彼女は、大きく息を吐くと寂しそうに言葉を続けた。
「動物も人間と同じで、危険を察知するのかしらね。」
彼女の右目は青く光っていた。それはこの世とは思えないほど美しく、そしてどこか寂しそうだった。
彼女は定丸が去っていった草むらをしばらく見つめていたが、急に立ち上がり、校舎の方に目を向けた。
「今日は誰かしら。地域の人?先生?それとも、それ以外の人かしら・・・・・・。」
校舎の方に視点を合わせると、彼女は何か動いているものを目で捉えた。大きな影が一つと、それと戦っている小さな影が一つ。大きさでは、小さな影が圧倒的に不利なように見えた。
「あんなの時間の問題ね・・・・・・・・・。」
彼女は、呆れたように吐き捨てた。
その大きな影は生き物のようなうねりを上げて鳴いていた。とても不気味だったが彼女は顔色一つ変えず、それを冷静に見つめていた。そして、焦点をターゲットの小さな影の方に合わせた。
(あの、動き方と体格からして男か・・・・・・・・・?)
そんなことを頭で考えていると、突然、目で捉えていた小さな影が彼女の視界から消えた。その直後、地面がいきなり光を放ったかと思うと、敷き詰められたレンガがぐにゃぐにゃと曲がり始めた。雲に隠れた月が顔を出した時には小さな影は近くの建物の屋根にいた。頭まで深くかぶったマントからは、全ての光を吸収しそうな真っ黒い瞳と何かつぶやいている口が遠くからでも確認することができた。その直後、影周辺の地面が真っ二つに割れ、見えないはずの風はその穴に落ちていった。
「おぉ。そこそこやるじゃない。」
彼女は感嘆をあげていた。
すぐに地面は元通りになった。しかし、屋根の上からその小さな影は力尽きたように地面に落ちた。小さな影はしばらくうつ伏せになっていたが、やがてゆっくりと起き上がった。なんとか膝立ちはできるものの、相当体力を消耗しているようだった。遠くからでも分かるくらい、息が上がっていた。ちらりと、そのマントの中から顔が見えた。やはり男のようだ。それと同時に、彼女は自分の中の記憶とリンクするような不思議な感覚に見舞われた。と、その時だった。小さな影の右側から何か来る気配がした。木が邪魔で彼女の場所からは、よく見えなかったが、おかしな音が小さな影に近づいてきていることは直感的に分かった。
「・・・・・・コレは、まずい!」
彼女は自分の視界で捉えるよりも先にその影に向かって走り出し、その影に向かって手を伸ばしていた。
その黒いマントを着ている男は、彼女が触れた瞬間バタリと倒れた。彼女は何かを感じて右側を咄嗟に見た。しかし、そこには何も無く、いつものレンガの坂が続いているだけだった。それを確認してから彼女は、目の前に倒れている黒いマントの男をもう一度見た。その様子からは、息はあるものの気を失っているようだった。顔はマントを深く被っているためよく見えない。彼女がもう1度、男に触れようとした瞬間、どこからか枝のような物が彼女の顔めがけて飛んできた。彼女はとっさに反応したが避けきれず、頬から出血した。彼女は飛んできた方向を鋭く睨んだ。そして、何かを察したのかその場から立ち去っていった。
その数分後、木の影から別の男が現れた。
「・・・・・・・・・危機一髪ってとこか?」
その低く重い声は、怒っているようだった。そして、少し赤い液体が飛び散った黒いマントの方を睨み、
「この馬鹿は・・・・・・・・・」
と、より一層低い声で吐き捨てるように呟いた。
周りは、いつも通りの大学キャンパス内に戻っていた。