③追うもの、追われるもの
③追うもの、追われるもの
(疲れたぁ・・・・・・・・・)
丸山亜蘭は、心の中でつぶやいた。本当は、日本で一番高い富士山の頂上で叫んでやりたい気分だった。そんな気持ちを抑えてパソコンの課題と向き合ってから早2時間。図書館の閉館間際だったが、なんとか課題をやり終えてホッとしていた。
昨日は最終バスだったが、時計を見ると二日連続最終バスで帰ることは回避できたようだった。
亜蘭が疲れきった状態でバスに乗り込んだ数分後、由梨亜が乗り込んできた。
「あっ。」
お互い、声を漏らしてしまった。先に話しかけたのは由梨亜だった。
「あらあら、私ったらまた異世界の人に出会ってしまったのね。」
それは、なんともわざとらしい棒読みだった。
「いや、違うから。僕は普通の人間だから!」
亜蘭は、「普通」を強調して否定した。しかし由梨亜は人間という言葉に突っかかってきた。
「なんと・・・・・・・・・人との間の存在なのですね。ついに姿を現したわね。」
「無理矢理な解釈だなぁ・・・。」
そんなやり取りをしていると、バスが動き始めた。
「本当に、亜蘭くんは他の人とは、なんか違うなぁ、お洒落だし。」
由梨亜が後ろに座っている亜蘭に声をかけると、亜蘭は前に座る由梨亜の方に顔を出しながら言った。
「お洒落なのは由梨亜ちゃんも同じでしょ?毎日違う髪型にしてたり、こだわり強い方でしょ?」
それを聞くと由梨亜は、感情に出さなかったが黒目が少しばかり見開いた。
「あらー、亜蘭くんは女の子をよく見る趣味をお持ちなのですね。」
由梨亜は、意地悪そうな顔をした。
「いや、ちょ、違うよ。僕英語は毎授業、後ろの席に座ってるから由梨亜ちゃんも含めて全体が見渡せるんだよ。」
亜蘭は、由梨亜とは対照に焦っていた。そして顔の前で手を振り、それを全力で否定した。
「なるほどなるほど。人間観察が趣味なのですね。」
「あぁ、どんどん由梨亜ちゃんの中で僕のイメージがおかしくなっていく・・・・・・・・・」
そんなテンポよくやりとりをしていた時、ふと由梨亜が亜蘭の顔をまじまじと見つめてきた。
「な、なに?どうしたの?」
少し動揺したように亜蘭が尋ねた。
「いや、いつも、珍しいアクセつけてるなぁと思って。例えば、今日つけてるその尖ったネックレスとか。」
亜蘭はコレか、と首から外して尖ったところを由梨亜に向けた。由梨亜は、珍しいものを見るような目でそれをじっと見つめた。そのネックレスは、本当に目を惹くような珍しい形をしていた。
「首からかけてみてもいい?」
由梨亜は、亜蘭を真っ直ぐ見つめた。しかし亜蘭は
「それは、ダメ。」
と、少し真面目な顔をしながら短く返事をした。由梨亜は、その少しの変化を見逃さなかった。
「やっぱり、異世界の鍵だから?」
彼は、少し黙った。そして、ゆっくりと呼吸をするように続けた。
「違うよ。コレは・・・・・・大事な人の形見みたいな物だから・・・。」
「・・・・・・そっか、ごめん。」
二人の間に気まずい空気が流れた。
バスの窓から見える空模様も怪しくなってきていた。バスはいつもと変わらず、どこまでも続きそうな道を走行していた。
「異世界とここを繋ぐ大切な物なのね。その、ネックレスに強力な力とか秘められているのですね・・・。」
由梨亜は、独り言のように窓の外を見ながら呟いた。しかし、亜蘭はそれを聞き逃さなかった。
「だから、違うって・・・・・・。そんな力が本当にあったらいいけどね。」
それも独り言のように窓の外に向かって呟いた。
今日は最終バスでは無かったため、他の生徒や先生など多くの人が乗車していた。だから、バスを降りる時に別れの挨拶ができなかった。いや、お互いバスを降りたのかすらも確認出来なかった。
あれから2日経ったがお互いバスで会うことも、キャンパス内で挨拶することも無かった。しかも、土日に入ってしまったので、あれから4日が経った。
その日の亜蘭は、休み明けだというのに疲れていた。別に他の人と比べて特別テンションが高い男子であるわけではないが、オーラからして、いつもより体力を消耗しているようだった。しかし、そういう日に限って朝、早く起きてしまう。二度寝しようかとも考えたが、今日は珍しく始バスで学校に向かうことにした。いつも乗るよりも早いスクールバスだったので、乗客は朝練習がある運動部の生徒数人しか乗っていなかった。亜蘭は、後ろのほうの席に腰を下ろすと、うつらうつらしながら窓の外を眺めた。
大学に着くと、亜蘭はふらふらしながらバスを降り、毎日見ている初代学長像を横目に教室を目指して歩いた。疲れているのか、動くはずの無いその像と目が合った気がして、少し微笑んでしまった。
教室に着き、指定席に着くと早々に声をかけられた。
「おはよっ!ん、今日も相当、疲れてるように見えるけど・・・生きてるか?」
亜蘭の様子を見て心配してきた同じゼミの友達が話しかけてきた。
「ん・・・・・・もっちーか?おはよ、なんとか生きてるよっ。」
亜蘭の声は、いつもより弱弱しかった。
「あぁ、いつも通り深夜バイトか?お疲れ様でーす。」
「・・・ありがとう。」
亜蘭は、顔をあげずに右手をヒラヒラさせながら答えた。しばらくして、亜蘭は何かを思い出したようにいきなり身体を起こすと、唐突に彼に質問した。
「なぁ、僕って・・・変かな?」
「え、うーん、まぁ、変わり者って言えばそうなんじゃない?」
亜蘭は、疲れていたが目はまっすぐ彼を見続けていた。
「他の人と比べて、目立つ?」
「いや、それは無いと思うけど・・・・・・。個性は、はっきりしてるよな。」
「ふむふむ。それならいいや。ありがとう。」
亜蘭は安心したように、再び顔を伏せた。彼は言い捨てるように呟いた。
「亜蘭は目立つことはあんまり好きじゃないって言ってたしな。」
その後亜蘭はしばらく、授業が始まるまで仮眠を取ることにした。
周りが騒がしくなり、亜蘭の眠りも浅くなってきた頃ふと、聞き覚えのある声が頭上から聞こえた。
「おはよう。今朝、珍しく友達と話してたよね?望月君だっけ?」
亜蘭は、顔を見なくてもその声の主が誰だか分かった。そしてゆっくりと身体を起こしながら答えた。
「いや、悪いけど由梨亜ちゃんが思っているよりは人と毎日、会話してるからね?そこまでぼっちライフしてないよ。」
「そうなのね。安心したわ。」
「そりゃ、どうも。」
お互い、作業を始めた。しかし突然、由梨亜は、思い出したように違う話題を振った。
「そういえば、今日のお昼休み締め切りの課題、出しに行った?」
亜蘭は、考えるような仕草をしてから言った。
「え?そんなのあったっけ?」
「あったじゃん。ほら、あの、宿題にするほどじゃなくない、みたいなプリント。」
一瞬の沈黙後、亜蘭は青ざめた顔をして、消え入るような声で呟いた。
「・・・・・・・・・完全に忘れてたわ。」
「で、まさか、図書館までついて来てくれるなんて由梨亜ちゃんはとても優しいですねー。感心感心。」
亜蘭は、ニヤニヤしていた。午前の授業が終わった昼休み、2人は図書館に移動した。昼休みは基本的に、ほとんどの生徒が中庭や食堂へお昼を食べに行くので図書館にはあまり生徒がいなかった。
二人は、入口に一番近い席に座った。亜蘭は、早速課題にとりかかり始めた。数分後、亜蘭は目の前に座っている由梨亜に向かって文句を言った。
「・・・・・・・・・そんなにじっと見られたら、集中できるものもできないよ。」
由梨亜は、それを聞くと眉をひそめた。
「亜蘭くんは、自分が集中出来ないことを人のせいにするの?今、誰のおかげでプリントやっているのかお忘れですか?」
亜蘭は、ゆっくりとプリントに目を戻した。そして、いじけたように言い放った。
「はいはい。僕が悪かったですよ。」
そして諦めたように課題に集中し始めた。数分後、課題を終わらせて、ふと、目の前に座る由梨亜の顔を見た。すると、お互いの目が合った。
「?」
そして、亜蘭は一つの異変に気がついた。
「由梨亜ちゃんの目が青くなってる・・・・・・・・・」
二人の間には謎の沈黙が流れた。
「・・・・・・・・・はい?」
由梨亜が瞬きをするとすぐに黒目に戻った。
「やめてよ、光の加減でしょ・・・・・・?」
彼女は、上を指さしながら言った。
「そ、そうだよね。あははは。」
「それとも、私がブルーアイズだとでも言いたいの?」
由梨亜は、少し寂しげに笑った。
「いや、そうだったら少し面白いね。」
亜蘭は、由梨亜の薄笑いが少し気になった。
「あ、ほらほら、書き終わったのはいいけど提出しないと意味無いよ?」
「そうだね。」
「おっと、もしかしてここで瞬間移動とか・・・・・・」
由梨亜は、少し面白がって亜蘭をからかった。
「しません!じゃあ、出してくるね。ありがとう。」
亜蘭は、由梨亜の言葉を完全に遮って、図書館から出ていった。
放課後は、運動場や部室棟を除き、キャンパス全体が静かである。いつも通りのキャンパス内。なんの変わりもない。しかし、亜蘭の気分はいつもと少し違った。
(今日は、嫌な感じがする・・・・・・・・・生徒が少なくなってから帰ろう。)
そう心に決めた。別に、何も根拠は無い。完全に勘だ。
(女の勘は鋭いと言うけど、男の勘はどうなのだろうか。自分的に鈍感では無いと思っているが・・・・・・・・・)
亜蘭は数時間、図書館で時間をつぶしてから、バス停に向かって歩いた。時間もそこそこ遅かったためか、さっきよりも辺りは薄暗く静まり返っていた。だからすぐに気がついた。横から嫌な視線を感じることを。それは言葉に言い表せない、とても恐ろしいものだった。しばらく警戒してみたが、それは思い違いだったとすぐに分かった。恐る恐る横を見ると、そこにはよく知った顔があった。亜蘭は警戒を解き、ホッと胸を撫で下ろした。
「なにホッとした顔してるの。」
不審そうな顔をした由梨亜が現れた。亜蘭は、首を横に振りながら、笑顔で答えた。
「いや、別に何でもないよ。そうえば、昼休みにやった課題は無事に出せたよ。」
その返事を聞くと由梨亜はとても嬉しそうな顔をした。
(そんなに彼女にとって、嬉しいことか・・・・・・?)
亜蘭は内心、疑問に思った。
二人がバス停に着き、バスに乗りかけたところで亜蘭の動きが急に止まった。由梨亜はいつもと違う動きをした亜蘭を不思議そうな顔で見た。
「どうしたの。亜蘭くん?」
「いや、あの、えっと・・・・・・。今日は、歩きで帰るね。」
亜蘭は、踵を返して意味の分からないことを言った。ここから、スクールバスに乗らずに駅に向かうと余裕で一時間以上はかかる。それを聞くと由梨亜は笑顔で言った。
「じゃあ、私も歩いて帰るね。」
「いや、由梨亜ちゃんはバスで帰りな。暗くて、危ないし。」
亜蘭は目をそらしながら答えた。由梨亜はすぐに亜蘭のいつもと違う不自然な様子に気が付いた。
「私が亜蘭くんに付いていくと、何かまずいことでもあるの?」
由梨亜は、顔に笑顔を貼り付けながら意地悪く亜蘭を問い詰めた。その笑顔はこの状況を明らかに楽しんでいるようだった。
結局、バスに乗らずに二人並んで駅を目指し、街灯の少ない道を歩いた。バスの窓から毎日見ている道だったが、いざ自分の足で歩いてみると、何か出るのではないかと思うほど不気味な道だった。お互い無言で歩いていると、亜蘭が口を開いた。
「そうえばさ、由梨亜ちゃんって僕と同じスクールバスじゃないよね?もう一つのバスから帰る方が定期も持っているだろうし、家から近いんじゃないの?」
なぜ、今まで気がつかなかったのだろうか。一番最初に話したあの日、由梨亜がもう一つのバスに乗っていくところを亜蘭は見ていた。その後、交通事故の影響でたまたま同じバスになったということを知った。しかし、それから由梨亜とは、たびたび同じバスになっている。それをどうしてなのだろうと亜蘭は疑問に思った。由梨亜が口を開きそうになかったので亜蘭は別の質問をした。
「そもそも、由梨亜ちゃんはどこに住んでいるの?」
「それは秘密。」
由梨亜が即答したその時だった。亜蘭は何かに気が付き、辺りを警戒した。亜蘭がバスに乗らなかった理由がこれだった。嫌な予感は的中したのだ。
「由梨亜ちゃん、走って。」
由梨亜の腕を強引に掴みながら、ただひたすら前だけを見て走った。
(これは、かなりまずい状況だ・・・。)
由梨亜は、そんな彼の気持ちも知らずに無邪気なことを言った。
「亜蘭くん、いきなりどうしたの?あっ、もしかして異次元の魔物とか幽霊とかそういう類の出現?わぁ、それは大変だ。」
亜蘭は冷静を装いながら答えた。
「それだったら、まだマシだったかもね。それよりも、もっとタチが悪いかも・・・・・・・・・。」
息を切らしながら二人はしばらく走った。大通りの道まで走りきる直前、由梨亜は後ろから何かに腕を掴まれた。
「うわっ!」
振り向くと、相手も驚いていた。
「おっと、これは失礼。細いと思ったらお嬢さんの腕でしたか・・・・・・・・・。」
亜蘭は、その様子を見て顔面を半分覆うように手を顔に当て、ため息をついた。由梨亜は、相変わらず笑顔だった。いや、少し笑うのを我慢しているようだった。亜蘭は、由梨亜と目が合うと、諦めたように彼を紹介した。
「・・・・・・・・・あに、僕の兄貴だよ。」
「驚かせてごめんね。亜蘭の兄です。」
「こんばんは、石川由梨亜です。亜蘭くんには、いつもお世話になっております。」
その後、亜蘭の兄は由梨亜に微笑むと亜蘭の方を見て、深刻そうな顔をした。亜蘭は、それで何かを察したようだった。
「まぁ、何か緊急なことがあったのね。」
亜蘭の兄は何も言わずにもう一度、微笑んだ。
「石川さんも駅まで送ってあげるよ。ちょっと、コンビニに停めてある車を持ってくるからここで待ってて。」
亜蘭の兄は駐車場へ向かう前に亜蘭に近づいてきて耳元で囁いた。
「お前、気をつけろよ」
「?」
その時、亜蘭は兄の言葉を理解出来なかった。しかし、次に兄が続けた言葉が
「女にはとくに、なっ?」
だったのでからかわれただけだと思い、その後、あまりその言葉の意味を深く考えなかった。
車内でほとんど会話をすることなく、駅に着いた。
「送っていただきありがとうございました。」
「いえいえ、気を付けて帰ってね。」
その後、由梨亜は亜蘭の兄に最寄り駅まで送ってもらい、別れた。