クマの子ラウと願いの池
逆さまに虹のかかる「逆さ虹の森」には、たくさんの動物が暮らしています。クマの子、ラウもそのひとりです。
ラウはとても怖がりで、らんぼうなアライグマにビクビク、食いしん坊ヘビがガサガサさせる葉っぱの音にビクビク。「これじゃあ立派な大人になれないわ」、とまわりの大人には呆れられていました。
でも、ラウのお母さんは違います。
「ゆっくりでいいのよ。大丈夫だから」
そう言って優しく撫でてくれるのです。
そんなお母さんのためにも、ラウはがんばりたいと思っていました。
***
ある日、歌のじょうずなコマドリが高い枝に止まって、新しい歌を練習しているのを見つけました。
「お願い、お願いかなえてちょうだい~。ドングリひとつあげるから~」
「その歌、なぁに?」
「あら、クマの子ちゃん。あのね、わたし聞いちゃったの。いたずらリスが何でも願いごとをかなえてくれる池を知ってるんだって」
「何でも?」
「そう、何でもよ。すごいでしょう?」
「すごい!」
それを聞いたラウは、もしかしたら自分の怖がりも直せるかもしれないと思いました。
「その池はどこにあるの?」
「さあ? しらな~い」
コマドリは飛んでいってしまいました。
ラウは、いたずらリスを探しに行くことにしました。
でも、探しても探しても、リスは見つかりません。ラウがガッカリしているところへ、親切なキツネが通りがかりました。
「どうしたんだい、クマくん。しょんぼりしてさ」
「キツネさん。ぼく、リスくんを探してるんだ。願いごとをかなえてくれる池を知っているんだって。でも、ちっとも見つからないんだ」
「そうか。オンボロ橋の向こうへは行ってみたかい? リスくんの家はあっちにあるんだ」
「ええっ、オンボロ橋の向こう側!」
オンボロ橋はこの逆さ虹の森を真っ二つに分けている川にかかっています。その名前の通りオンボロで、今にも落っこちてしまいそうな橋なのです。怖がりなラウはオンボロ橋には近寄れなかったので、いたずらリスを見つけることができなかったのです。
「池もきっとあっちだろうね。願いごと、かなえに行かないのかい?」
「だって……」
ラウは口ごもってしまいました。
オンボロ橋を渡るのが怖いのですが、それを言いたくなかったのです。
「ぼく、ぼく、怖がりを直したいんだ。みんなにバカにされて、笑われるから。でも、あの橋を渡るなんて、ぼくにはできっこないよ」
ラウは少し泣きべそをかいて言いました。
キツネは笑いませんでした。
「まぁ、無理して行く必要もないんじゃないかな。怖がりだって、悪くはないさ」
「でも、みんなが言うんだ。立派な大人になれないって」
「そんなの気にしちゃいけないよ。オイラだって変わり者と言われているけど、困ったことなんて何もない。お人好しのキツネがいたっていいじゃないか、おくびょうなクマがいたっていいじゃないか」
キツネは歌うようにそう言って、空を見上げて笑いました。
そして、ラウにしっかり向き直ると、言いました。
「でもね、クマくん。やらずに諦めるのと、挑戦してみてもやっぱりできないのとじゃ、ぜんぜん違うよ。自分で決めるんだ、後になってウジウジ下を向かないために。
危ないことには近寄らないことにするんだって、胸を張って言えるなら、それでいいんだ。でも、やっぱり橋を渡れば良かったって考えてしまうなら……やってみるだけやってみたらどうかな」
「下を向かないために?」
「うん」
考えてみたら、ラウはいつも下を向いていました。
がんばりたいと思っているのに、うまくいかないからです。
「ありがとう、キツネさん。ぼく、ちょっとだけやってみるよ」
「いってらっしゃい。願いごとかなったら、オイラにも教えてね」
ラウはキツネとわかれて、オンボロ橋へと向かいました。
***
オンボロ橋は川の上で不気味に揺れていました。ロープは太くて丈夫に見えますが、雨風にさらされて表面は緑色、ちょっとデロッとしています。橋げたは歯抜けで、渡れそうに見えません。
ラウがちょっぴり足を載せると、オンボロ橋はギシギシ鳴きました。
「だめだよ、やっぱり渡れないよ」
しょげて下を向いてしまったラウの胸に、キツネの言葉が思い出されます。一度やると決めたのです、何もせずに諦めるなんて、今のラウにはできませんでした。
「よぉし!」
落っこちそうで怖くて渡れないのなら、橋なんて渡らなければいいのです。ラウは川へと降りて行きました。いつも他のクマの子たちが遊んでいる川です。ラウは生まれて初めて、ひとりで水に入りました。
おそるおそる足をつけて、次は思い切って中に入って。そうしたらもう、歩いて川を渡るだけでした。
「やったぁ! ぼく、川を渡れたよ!」
ラウは大喜びでリスのおうちがある森の中へ入っていきました。
***
いたずらリスはすぐに見つかりました。でも、リスがどんなに悪いやつかを今まで色んなひとから聞かされていたラウはドキドキです。
「やぁ、こんにちは、リスくん」
「んん? クマ! クマだー!」
「待って、逃げないでよぅ」
いたずらリスはラウを見てビックリしてしまいました。逃げようとするリスを、ラウは半べそで呼び止めます。
ラウは「怖くない」クマだとわかったのか、リスはカサカサ葉っぱを揺らして戻ってきました。それでもラウには手の届かない枝から半分だけ顔を覗かせて用心しているみたいです。
「なんだよなんだよ、クマがいったい何の用事?」
「あのね、ぼく、願いごとを叶えてくれる池があるって聞いてやって来たんだ。リスくんが知っているって」
「知ってるよ知ってるよ! でも、教えてなんてやんないよ!」
「そんなぁ」
せっかくここまで来たのに、リスはぷいっとして教えてくれません。ラウは頭を下げてお願いしてみました。
「そんなこと言わずに教えてよ。お願い。お願いします!」
「ん~、ど~しよっかな~」
「お願いだよ! ぼくにも教えて、願いごとを叶えてくれる池のこと!」
「よし、じゃあ、おまえボクの家来になれ! そうしたら教えてやってもいいよ」
「えええ」
さて、困りました。家来ということは、リスの命令を何でも聞かなければなりません。ラウはちょっぴり怖くなりました。いったいどんな命令を出されるのでしょうか。
「どうしても家来にならなくちゃダメ?」
「ダメだ!」
こうして、ラウはいたずらリスの家来になりました。リスはエッヘンと大いばりです。
「ついてこい、クマ公!」
「はぁい」
いたずらリスは意気揚々と歩き出します。
ラウはリスに連れられて、美味しい木苺をお腹いっぱい食べたり、ウサギを驚かしたり、カルガモの子を追い散らしたりしました。
「はっはっは、楽しいだろう?」
「う、うん……」
今まで一緒に遊んでくれる友だちがいなかったラウにとって、リスとの“イタズラ”はとても楽しいものでした。どっちが早く後ろ向きに走ってゴールにたどり着けるかや、どっちが遠くに石を投げられるかなど、二人で存分に体を動かして遊びました。ラウはリスのことが好きになっていました。
でも本当は、ウサギを驚かしたり、カルガモの子どもたちを泣かせるのは好きではありませんでした。
「よし、次はヒバリの巣から卵を落っことそう!」
「ええっ」
「どうしたんだよ?」
「えっと、えっと……、ぼくは木登りが得意じゃないんだ。だからそれはやめようよ。それより、願いごとを叶えてくれる池のことを教えてよ!」
ラウが勇気を出してそう言うと、リスは黙ってしまいました。怒らせてしまったかと、ラウが謝ろうとしたとき、リスは腕組みをして言いました。
「いいぞ、教えてやる。ついてこい」
「やったぁ! ありがとう!」
とうとう目的の池に行くことができます。
ラウは、もしも願いごとを叶え終わっても、しばらくリスの家来をするのもいいかなぁと思いながらついていきました。
***
やがて二人はとても澄んだ池にやって来ました。
「わぁ、すごい。なんて綺麗なんだろう」
「ここが願いを叶えてくれる“どんぐり池”さ。願いごとを思い浮かべながら、ここにどんぐりを投げ入れるんだ。やってみろよ」
「う、うん」
「そら、どんぐりだ。上手くキャッチしろよ、クマ公!」
リスが地面から拾ったどんぐりを、ラウの方へヒョイッと投げてよこしました。ラウは落っことさないように懸命に受け止めました。しかし……
「うわぁっ!」
「あははは、ばーか!」
ラウは掌の中を見て悲鳴を上げました。
リスが投げてきたのは、どんぐりではなくウサギのフンだったのです。
「ひどいよ、ひどいよぉ!」
「や~いや~い、おっマヌケー!」
リスはラウを囃し立てると、すごい勢いで走っていってしまいました。ラウは悔しくて悲しくて、追いかけることもできませんでした。
(友だちになれると思ったのは、ぼくだけだったのかなぁ)
そのときです、怒ったような声とリスの悲鳴が聞こえてきました。ラウは思わずそっちの方へ駆けつけます。見えてきたのは、もじゃもじゃした根っこの広がる入り口で、乱暴者のアライグマがリスを逆さ吊りにしているところでした。
「こいつめ、今日こそ、その尻尾をちょん切ってやる!」
「くそー、はなせー!」
大変です、このままではリスの尻尾がなくなってしまいます。
ラウは止めなくちゃと思いました。
でも、足がすくんで動けません。
「はなせったらぁ!」
「はっはっは、抵抗してもムダだぁ!」
「ちくしょう。誰か、誰か助けてくれー!」
「ハッ、お前みたいな悪いリスなんか、誰も助けに来るもんか」
「助けて……クマ公!」
「うぉおおおおおお!!!!!」
ラウは吠えました。
初めて、お腹の底から力いっぱい吠えました。
他のクマと同じように、両手を上げて立ち上がったラウの口からは、大きな、恐ろしい声が飛び出ました。
鳥たちはバサバサ飛び立ち、アライグマはリスを手放して一目散に逃げていきました。いたずらリスも心臓が止まるのじゃないかしらと思われるくらいにビックリして、茂みの中へ隠れました。
しーんとなってしまった森の中。
ラウはいたたまれなさにキョロキョロしながらリスを探します。
「リスくん、リスくん、だいじょうぶ? ねぇ、どこにいるの?」
でも、誰もこたえません。
「ねぇ、出てきてよ、リスくん」
ラウは泣きべそをかきました。
友だちを助けたくて勇気を出したのに、結局、その友だちまで失ってしまったのです。
***
ラウはひとり、願いごとを叶えてくれるどんぐり池まで戻ってきました。でも、ラウはどんぐりを持っていませんでした。これでは願いごとを叶えてもらうことはできません。
「あーあ、やっと池を見つけたのになぁ」
ラウがぼんやり池のおもてを見つめていると、後ろから声がしました。
「よぅ、クマ公。お前の願いごとって何だよ」
「リスくん!」
「どんぐり、わけてやるよ」
「ありがとう。ぼくの願いごとはね、怖がりをなくすことなんだ」
隣に座ったリスが笑いました。
「もうおまえは怖がりじゃないだろ。あのアライグマを追い払ったんだぜ?」
「そうかなぁ。そうかも」
「うん。他の願いごとはないのか?」
「そうだなぁ、ぼく、友だちが欲しいんだ。リスくんと友だちになれたらいいんだけど……」
「じゃあ、その願いごとも叶えてもらう必要ないな。ボクたち、もう、友だちじゃんか!」
「本当! 嬉しい!」
クマの子とリスは一緒になって笑いました。
「ボク、リル」
「ぼく、ラウ」
二人は親友になりました。
どんぐり池は静かにキラキラと光を跳ね返していました。