080 一族の者としての掟
2019. 1. 21
充雪の放った怒気に、秀一や弟子達は耐えられなかった。
秀一はそれでもハクハクと息をしながら膝をつくくらいで済んでいた。しかし、弟子達は皆、泡を吹いて倒れてしまっている。
《情けない……たったこれだけの気に耐えられんとはな……》
充雪のその声は、明らかな失望の色があった。
「っ……!?」
そんな声も、姿も今の秀一には見えていた。
「どうだ? お前らが見たいと言っていたから、見せてやってんだ。よく見てよく聞いておけ」
「……達喜さん?」
秀一達に充雪が見えるようにしたのは、達喜だった。その顔には、侮蔑の感情が見て取れる。
高耶に一度ニヤリと笑みを見せて、達喜は充雪と共に一歩前に出た。
「お前らは当主をないがしろにし過ぎた。他家の問題に介入するのは本来良くないが、こればっかりはな……首領の総意による介入だ」
「そ、そんなっ」
果たして、彼はちゃんと呼吸できているのだろうか。今も充雪は威圧を込めて秀一を睨みつけている。
秀一も失望されたことに気付いたらしく、体面を保とうと必死に耐えている状況だった。
「一族は当主の方針に従うのが当たり前だ。もし不満があるならば、それを言葉にして伝え、方針の変更を促す。俺たちには力がある。だからこそ、力を使うことなく意思を伝えなくてはならん」
この業界では、不満があるからと当主の意思を無視して勝手をすることは本来、禁じられているのだ。
当主を選定する時点で従うか従わないかの明暗をはっきりさせる。それは、無為に争いを起こさせないため。高耶達のように力ある者達が戦えば、多少なりとも周りに影響を及ぼす。
今回のように、家も何もかも破壊されてしまうのだから、自制すべきものだ。
当主とは、一族全ての守り主。他家と問題を起こした場合も、当主の意思だとして責任を問われるのだから。
「秘伝家は明確な当主の資格が存在する。それを否定するということは、一族、ひいては先祖の意思を全て否定しているということだ。ならば、お前達は秘伝を名乗る資格を失うのと同義だろう。そうではないか? 充雪殿」
《その通りだ》
「そ、そんなっ、わ、私達はただ、血を守るべきだとっ……っ」
ひくりと秀一は息をのんだ。辺り一帯を、充雪の怒気が再び覆うのを感じた。
一触即発の気配に、高耶は思わず充雪を止めようと口を開く。
「おい、じいさ……っ」
その時だった。
「お待ちください!」
その声の方へと目を向けると、青い顔をしながら近付いてくる青年の姿があった。
「統ニ……?」
それは秀一の次男、統二だった。
転びそうになりながらも高耶達の目の前まで来て、彼は膝をついた。
そして、息を意識しながら吐き出し、大きく吸ってから充雪を真っ直ぐに見て口を開いた。
「申し訳ありませんでした」
「とうじ……っ」
真っ向から充雪の怒気を受けたことで呼吸もままならない秀一が統二を咎めるように見る。しかし、統二は一切そちらに目を向けなかった。
「お許しいただけるとは思っていません……っ……ですが、今までの当主への態度……秘伝の名を名乗れなくなったとしても許されることではありません。どうか、償う機会をいただきたい」
高耶は驚いていた。
統二はこんなはっきりと言葉を話せる青年だっただろうか。会っても目を背け、一切人の目を見ない。そんな大人しく控えめな様子を見せる人物だったはずだ。
その時、不意に高耶の方へと統二は目を向けた。
「当主のお怒りはごもっともです……父や兄がしてきたことは、秘伝の名を貶めるもの。直系だと驕り、行ってきた無礼の数々を先ずは謝罪させてください……申し訳ありませんでした」
深く、深く頭を下げたことで、額は土についていた。頭を上げることなく、はっきりとした言葉を話しているのに、彼の体は震えている。それが、本来の彼を表しているようで安心する。
「頭を上げてくれ……」
そう言っても、統二は頭を上げない。嘘を言って、この場を何とか乗り切ろうとしているわけではないのは、怒気を治めた充雪や達喜の様子を見ても明らかだ。
この場でこの面子の前でそんな腹芸ができるならば、今までももっと上手くやっていただろう。だから、高耶も信じられた。
「頭を上げるんだ……統二」
「っ……た、高耶兄さん……っ」
「え?」
「っ、す、すみませんっ……」
頭を上げ、高耶を見て瞳を潤ませた統二は、恥ずかしそうに目をそらした。それを見て、高耶は呆然と目を瞬かせたのだ。
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