070 失うことも時には必要
2018. 12. 30
今年もあと二日。
年末年始連投します。
この剣道場の師範である飛蒼克守に許しを得て道場の中へと入った高耶は、改めて依頼の確認を行った。
未だに混乱気味の俊哉と彼の祖父である見守り隊のおじいさんは置いておいて、道場の端に寄って座り、克守と相対する。
「では、お預かりする秘伝、奥義ですが、同時に継承も行えます。どうされますか?」
「そうですね。そこの二人にいずれと思っておりましたが、俊哉は鍛え直さなくてはなりませんし、弟も年です……私が死ぬまでに考えさせていただきます」
「承知いたしました」
それを聞いて、混乱中の二人が更に混乱したようだが、もうしばらく放置しておくことにする。
「それと……お恥ずかしいことに、私の継承した奥義は、完全ではないと聞いております。先々代より、本来の技は変質していると……秘伝家の秘技は、失伝したものも取り戻せると聞いているのですが……」
本当にできるのだろうかと不安気に揺れる瞳を見て、高耶は自信に満ちた笑みを浮かべて見せた。
「はい。問題ありません。今ここでご覧になりますか?」
「っ、見る? 今すぐですか?」
「ええ。道場の場所はほとんど変わっていない様子。建て替えがされてはいますが、恐らく大丈夫でしょう」
道場を見回して高耶は確信する。奥義と呼ばれるほどのものは、力を持っている。洗練されたそれは、その場に残滓として残り続けるものだ。だからこそ、高耶には容易にそれを察せられ、手繰り寄せることができる。
高耶は説明するのは面倒と札を取り出し、この場を力で覆う。そうして、奥義の気配を探り、時を遡った。
「っ……立体映像……」
俊哉が呟いた。今目の前には、過去この場で稽古をする人たちが見えている。セピア色で見えるそれを高耶以外が呆然と眺める中、高耶が指差して見せる。
「あの方が師範ですね。もうすぐです」
弟子達が壁際へと寄っていく。残されたのは師範らしき男とその男に面差しがよく似た青年。
「……っ、大じぃ様……」
克守は、青年の方に見覚えがあったらしい。
そうして、繰り出された技は、見事の一言に尽きた。合わされていた木刀が、青年のものだけ綺麗に折れていたのだ。否、折れたというには断面が美しいものだった。
その上、青年はいつのまにか後ろの壁に叩きつけられて転がっていたのだ。本当に一瞬で、洗練された技だった。
「素晴らしいですね……威力は抑えているようですが、ここまで清廉な技は中々ありません」
惚れ惚れしながら、その技を理解した高耶は、力の発動を止めた。
ふっと消えた映像。周りの音が戻ってくるようだ。声も何もないただの映像ではあったが、誰もがそれに集中していたために外の音が気にならなくなっていた。
高耶が克守へと顔を向けると、彼は放心したように、未だ先程の映像のあった道場の中央辺りを見つめていた。そして、その頬は涙に濡れていたのだ。
これは仕方がない。あれほどの技を目にしたのだ。失われたその技の素晴らしさを真に理解できるのは、この場では技を極めてきた彼だけだろう。
「どうされますか?」
その言葉で克守は弾かれたように高耶の方を向いた。
高耶はまっすぐにその目を見て問いかける。今見た奥義は素晴らしいものだ。本家の者達がこれを理解したとしても、完全に再現することはできない程のもの。実際に出来なかったのだろう。次元が違うのだ。そして、それ故に問題もある。
「今見た奥義をお預かりすることも、お伝えすることも可能です。ですが、見てお判りのように、威力が凄まじい。変質してしまった理由もそこでしょう。あれを本気で放てば、死人を出します。現代には不要な力です」
「っ……」
受け継げなかったわけではない。変質してしまったのは、故意にそうしたためだ。木刀を木刀で断ち切ってしまうほどの過剰な力。
殺すことに特化した本物の剣の技なのだと容易に想像ができる。そんなものを、現代に蘇らせて良いかどうか。
「もちろん、受け継ぐことは悪いことではありません。自制を持って受け継ぐことだけを目的とするのならば構わないと私は思います。あの技に到達するまでの過程は、間違いなく剣を極める者に必要な力を得る事ができるでしょう。受け継いだとして、使わず力に溺れない忍耐もあって然るべきかとも思います」
無闇に使うことなく、伝え続けるという精神のみを養う。それも武を極める者として必要なものだと高耶は考えている。だからこそ選択を強いる。葛藤さえ、必要な事だと思っているからだ。
「先程の奥義は間違いなく完成された尊いものです。失伝させるには確かに惜しい。ですが、剣術は特に戦いの中で生死と直結して生まれ出たもの。戦いから遠のいた今の時代ではそれが生きる機会はありません。だからこそ、考えていただかなくてはなりません。失伝させることも、受け継ぐ者が持つべき選択の一つです」
「……はい……考えさせていただきます」
克守は静かに頭を下げた。
そのまま俯いてしまった彼に、高耶は内心苦笑を浮かべる。
奥義は見られた。けれど、自分の代で復活させられると数分前に夢見たというのに、この結果だ。落胆もするだろう。
「それで、ご依頼はこれだけではなかったはずですが?」
「あ、そ、そうです」
そう口にして克守は慌てて道場を飛び出して行った。
そうして、ようやく落ち着いたとまではいかないが、俊哉が恐る恐る近付いてきた。
「な、なぁ、高耶……」
「どうした? ってか、お前、今日休んだな」
「お、おう。じいちゃんと先生に呼ばれたからな。ってか寧ろお前は行ったんか」
「当然だろ。仕事は仕事。大学は大学だ」
「すげぇな……いや、寧ろさっきのやつの方がすげぇけど……」
「そうか?」
高耶にはこれが普通のことでしかないのだ。
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