448 当てられました
大人の、それも外国人の紳士を見る機会などそうそうない。その辺に歩いているものでもないので、当然のように誰もが大興奮していた。
「エルさんすげえ……全部持って行ったな……」
「あの方なら仕方ないですよ……」
俊哉も二葉も感心しながらも茫然と見ていることしかできない。
「エルさまカッコいい!」
「エル様……うん。ステキ……ユウキちゃん知り合いなんだね」
「うん! お兄ちゃんのお友だち? ファン? かな。いつも綺麗なお花くれるのっ」
「うんうんっ。この薔薇もすごくステキ! 一人ずつ包装されてるのもすごく気が利いてる!」
「やっぱり、いい男ってこういう気遣いがさり気ないのね……香水の匂いとかも上品だし」
舞台で挨拶をしているエルラントを、ほおと時折息を吐きながら見つめる女性徒達は、情報収集にも余念がない。
「ご結婚はされているの?」
「おくさんのはなしはきかない。むすめさんは、三人いるってきいてるけど」
「子持ちなのねっ。けど奥様がいない……いい男なら仕方ないわ」
「すっごく愛している奥様がいて、その方と死別されたとか……それでも再婚は考えないって感じじゃないかしら」
「あり得るっ。あ、待って。聞いちゃダメ。これは真実を知らない方が美味しいやつよ!」
「「「「「分かるぅぅぅ」」」」」
女生徒達がうんうんと頷く。女性の教師達もだった。それに男子生徒が不思議そうにする。
「え? 知りたくないのか?」
「本当のこと知った方が嬉しくねえの?」
「バカね! 想像すること、妄想することは、生きる糧にもなるのよ! 特にあんないい男の過去よ!? 半年くらいこれだけで生きていけるわ!」
「その辺の恋愛小説がゴミになるわねっ」
「ドラマだって冷めた目で見れるわよ! こんな極上の糧があるんだものねっ!」
「「「「「うん!!」」」」」
「「「「「……っ」」」」」
女性徒達の熱気に、男子生徒は引いた。
「お前ら、気をつけろよ。ああなった女は、余計な事一言でも言ったら、一生目の敵にされっから」
「「「「「っ、はい……」」」」」
涙目になって俊哉の忠告を聞く男子生徒達。今後の言動に気を付けようと決意した表情もあった。
エルラントが戻ってきて、本当にファッションショーは終わりとなった。
「高耶くん。この後食事でもどうかな。もちろん、俊哉くんやお姫様も一緒に」
「はい……」
「もちろんっスよ!」
「ユウキもいいの?」
「ああ。とても美味しいケーキやデザートを出すお店があってね。どうかな」
優希はいいのかなと高耶を窺う。だが、ケーキと聞いて表情が輝いた。
「行く! あ、ぜひ、ごいっしょさせてください」
わざわざ言い直した優希は、習った通りの綺麗なカーテシーを決めた。それに一瞬、目を丸くしたエルラントは楽しそうに手を差し出す。
「ふふふっ。では、姫。お手をどうぞ」
「はいっ」
そうしてエルラントと優雅に手を取って優希が歩き出す。俊哉は感心していた。
「立派なレディだな」
「ああ」
「すごく絵になる……」
「……じゃあ、二葉、統二にもよろしく伝えてくれ。お疲れ」
「はい! ありがとうございました!」
「「「「「ありがとうございました!!」」」」」
「うん。皆もお疲れ様」
「「「「「はい!」」」」」
キラキラな目で高耶とそれに続く俊哉を見送る生徒達。
高耶達がいなくなってからの生徒達の様子はまた興奮状態だった。
「見た!? 小さなお姫様のあのっ、あのお辞儀っ! あ、えっと、なんて言うの? あのお姫様がする足を引いてやるやつ!」
「カーテシーね!」
「それ! すごかった!」
「息が止まったわよねっ! なに? あの自然な感じ! アレが普段からのやつなの!?」
「慣れてそうだったよね……私がやったら……変よね?」
「うん。簡単そうだけど、あんな感じにはならないわ」
「どうやんの? ってかお嬢様? お姫様!? ユウキちゃん! 本当にお姫様なんじゃないの!?」
「「「「「あり得る!」」」」」
優希お姫様説が上がっていた。一方、挨拶もせずにそのまま見送ってしまったユウヤだ。
「あ〜……師範ともっと話したかったのに……なんか入り込めん空気だった……」
御当主モード全開の高耶に圧倒されて近づけなかったのだ。それにつき従う俊哉にも声をかけられなさそうな雰囲気を感じ、結果、置いてきぼりとなった。
そんなユウヤに、他のモデル達が声をかけていく。
「なあ。師範って? 何やってんの?」
「空手。まあ、武術全般いけるらしいけど。年下なのにカッコ良くて惚れるんだよな〜」
「それは分かる。オーラが違えもん。マジで年下? って感じ」
「なあなあっ。その道場? 武術って、どこに行けばいいの? 俺、ちっさい時からやってみたかったんだよな〜」
「俺も! なあ、教えてくれね?」
「いいぜ。まず連絡先交換な!」
「「「おうっ」」」
こうして、門下生として高耶ファンはまた増えていく。
「ねえ……ちょっと、これどうしたのよ」
「待って。声かけないで! 今、目に焼きついたのを映しているのよ!」
デザイン画が得意な学生達が、バタバタしていたと思ったら、床にへばりつき、持っていたノートに描いたのは、高耶達が去っていく風景。
「ヤバっ……背中っ、ヤバっ」
「背中で語る男って……こういうことね……っ」
または、美しく礼をしあった優希とエルラントの姿や、手を取る様子。
「美しい!! 美しいわ! コレ! これで何か賞が取れそうだわ!」
「写真じゃない所がまたいいわね!」
「永久保存よ! 原画はそのまま額に入れないと! コピー機フル稼働させて! 私たちに頂戴!」
片付けなど後だと、興奮状態の生徒達は、しばらくここに留まっていた。止めるべき教師達も『私にも一枚』と言っているので仕方がなかった。
「え〜、これ、どうしたの?」
「あ、統二。仕方ないよ。高耶兄さんだけじゃなく、お姫様な優希ちゃんと超絶紳士なエルラントさんが居たんだからさ」
「……なんか……分かった」
事態を理解した統二は、ため息を吐きながら片付けの段取りを二葉とつけていく。身内がしでかしたことだ。甘んじて受けることにした。
こんな締まらない感じで一日目が終わったのだ。
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