445 特別講義
外にまで溢れる人々。校内の幾つかの場所で映像として見えるとはいえ、本日のメインイベントであるファッションショーの結果発表だけは、現場で見たいと思ったのだろう。
生徒達はもちろん、保護者達や学外の友人達などもほぼ、この講堂に集まっていた。
「やべえ……すげえ人……他の所、誰も居ねえんじゃね?」
俊哉が舞台袖からその様子を確認する。一段上から見えるため、端までよく見えている。きっと、今校舎の中にはほぼ人が居ないだろう。
「ってか、あんな端からじゃ、スクリーンが大きかろうとそうはっきり見えんだろうに……」
離れていても、舞台にある大きなスクリーンで見えるだろうが、それならば他の所でテレビ画面で見ても同じだろうと思うのは俊哉だけではなかった。
「校内のテレビで見た方が綺麗に見えると思うんですけどね。あ、ほら、あれ」
二葉が指さす先には、映像確認のためのモニターがあり、そこには鮮明に映る舞台が見える。統二は生徒会の手伝いで駆け回っており、ここには居ない。
「ホントだ……あの方が良くね?」
「現場の雰囲気を感じたいんじゃないですか? ほら、ライブとかそんな感じですし」
「好きなアイドルとかはあるんかもな〜。俺、別に一人でDVDとか買って、ゆっくり家で観たい派だから分からん。そこまで熱狂する相手ないしな〜」
「分かります! アイドルとか、応援したり好きなのは居ますけど、会ってみたいとか、生で見たいとまでは思わないんで、映像で良いなと」
「それそれ。純粋に熱狂してるファンとか尊敬する」
「そこまで好きかと思えば羨ましくも思いますけどね」
俊哉と二葉は少し冷めた様子だ。あまりにも外が熱狂し過ぎていてついていけないという感覚なのだろう。
ふうと落ち着いてから、二人はすっと後ろへ目を向ける。そして思うのだ。
「……俺、初めてうちわとか持ってもいいかなと思った」
「俺もです……なんで作らなかったんだろ……」
そこには、オーラ全開のままの高耶が、他のモデル達まで魅了している姿があった。
「武術やってるんですよねっ! 筋肉すごいっ! お、俺っ、ジムは通ってたんですけど、長続きしなくて……いつか! 武術とかやってみたいなと……俺、やれるでしょうか……」
「そうだな。気になるのは、長続きしないってことか?」
「はい!」
「あ、俺も!」
「僕もです!」
憧れの人を見るような目で高耶を見つめ、詰め寄っていくモデルや学生達。なぜか教師も混じっている。
「一人で黙々とジムでやるのも良いんだが……複数人一緒でも、どんなことでも要は自分と向き合えるかどうかだ。体を使わない……それこそ、塾での勉強でも、ピアノや書道、絵なんかも、自分が目標とする、憧れる所に、納得できるまで挑戦できるかどうかだと思うんだ」
「っ、はい」
「わ、分かります……っ」
興奮した様子で、静かにその先を待つ。関係ないと思っていた者達も、勉強と聞いて、納得する者もいた。
「続ける力ってのは、難しいかもしれないが、先ずはその日、その時間、そのタイミングでやると決めることが大事だ。習慣を付ける練習をする」
「習慣……」
「それが難しいと思うんですけど……」
「これは、小さなことで良い。習慣付けは慣れだ。字にも入ってるだろう?」
「うん……」
「習慣の慣の字?」
俊哉はこれは講義だなあと呑気に聞く。完全に高耶の独断場となっている。とはいえ、結果発表前の緊張や興奮が落ち着いたのは良いことだ。
会場に人が押しかけたため、そちらの対応をするのに時間がかかっている様子。そして、審査も少し長引いているようだ。
「そうだ。勉強とかに結びつけるから難しくなる。食事の後に歯を磨くことだって習慣だし、毎週観たいドラマを忘れなく観るならそれも習慣だ。毎日同じニュース番組を観るとかないか?」
「観てる……」
「月9のドラマは忘れたことない……」
「え? じゃあ、習慣って……」
「熱意があれば勿論だが、惰性でも別に習慣は付く。ただ、続かないのは面倒くさいとか、やりたくないとかそういう気持ちに負けやすい」
「うん……勉強しなきゃなのに、ゲームしちゃうとか……」
「ついついね……スマホ見ちゃう」
「ジムとか行くの面倒で……」
「わかる。行ったら別に苦じゃないのにさ……」
負けてるんだと少し肩を落とす者が多かった。
「嫌になった時に、気持ちに負けていると自覚するのが一番だな。そうすると、少し罪悪感がある。嫌だけど、やるかとやってみる。その時、続けられた、やれた自分を褒めてやるんだ。『できるじゃん』ってな。それを何度かやってるとやらないと気持ち悪くなってくるから」
「やってみようかな……」
「試してみてもいいかも……」
「なんか、朝勉強する習慣とか良いって聞くよね。ちょっとだけやってみようかな」
「課題は帰ってすぐやるとか?」
「ピアノ……練習サボってたけど……毎日五分だけでもやってみようかな」
前向きな言葉が出て来たようだ。
「学校から帰ってすぐとかは良いかもな。何か、既に習慣化されているものの後がやりやすい。風呂の後とか、歯を磨いた後、おやつを食べた後、それか、誰かが帰って来たらとか」
「決まった時にってことか……」
「そういえば、ジムも時間が空いたらとか思ってたわ……空けようと思わないと空かないよな……」
「時間できても、今日は疲れたし良いかとか思うし?」
「ある!」
そんな話から流れるのは、やはり勉強の悩み。
「塾とか、一回サボると罪悪感あるけど、まあいいかとか思っちゃうのはどうしたら……」
「それはそうだな……少し仕方がない所もある。ゲームでログインボーナスをもらい忘れると、もうどうでもよくなるのと同じらしいけど……」
「「「「「っ、わかる!!」」」」」
「あ、うん……」
俊哉が押され気味になった高耶を見て笑う。高耶としては、聞き齧っただけだ。特にゲームに夢中なったことがないのでそういうものなのかと思っていた。
「まあ、その……人間、ずっとやらなきゃとか、気持ちを強制されるとやはり、精神的な負荷がかかる。防衛本能として、解放を願うのは当然だ」
「じゃあ……仕方ない?」
「いや、その負荷を無くせば良いだけだ。気持ちの切り替えをすればいい。他人に、親とかに塾に通うように言われるのは、自分が納得してないから嫌になることが多い。良い学校に入るためと分かっていても、納得はできないだろう?」
「うん……あまり実感が湧かないって言うか……」
「そこだ。明確な自分自身の目標がない。受かったとしても、やったぞという充足感を得られるか実感がない」
「……受かって喜ぶ……嬉しいだろうけど、やったぞ! とかは思わないかも。それって、受験勉強から解放されたって喜びな気がする」
よく自分たちを分析出来ているようだ。いつの間にか、高耶の前には、学生達が座り込んでいる。間違いなく講義だ。
まだ会場はゴタゴタ中なので、問題ないと俊哉と二葉は頷いて見守る。気分は揃ってマネージャーだ。
「そうだな。だから、先ずは目標を決める。先の所に自分のご褒美を自分で決めるんだ」
「ご褒美?」
「そう。その学校に受かった後、自分がどうなりたいか。どうなっているかを思い浮かべる。卒業旅行とかは無しだ。あくまでも、次に受かった学校に通い出してからの目標な」
「目標か……嫌な勉強もやるぞって思えるような……」
「経験者に聞いてみるといい」
「経験者?」
そこで俊哉が口を挟む。気分は教授の授業補佐だ。
「俺は、好きな店でバイトできるってのが嬉しかったけどなあ」
「「「「「っ!!」」」」」
すると、教師が手を挙げて告げる。こちらは思わずだ。
「俺は、部活で県大会に行けるというのが。自分はそれほどでもないが、バスケの強豪校だったから」
「私はもっと単純ね。憧れの制服を着れるってことっ」
「俺んとこは、体育祭がすごくて、マジでかっこよかったんだよ!」
「僕は、このファッションショーよりももっと派手で大規模な大会が学校であって……それが成績にも関係して来るからみんな真剣で、楽しかったかな」
沢山の意見が出る。それを聞いて、学生達は目を白黒させながらも頷く。
「漠然と、受かったらと考えるだけでも良いし、具体的に決めた志望校でと考えても良い。そうやって考えてる間に、将来の夢とか目標も見えてきて、嫌でも勉強したくなるさ」
「「「「「っ、はい!」」」」」
やはり講義だったなと俊哉はニヤニヤと笑い、そろそろ始めようとする外の動きを伝える。
「高耶〜。そろそろっぽいぞ」
「そうだったな……ほら、結果発表だ。しっかり締め括らないとな」
「「「「「はい!!」」」」」
揃っての返事。そこで動き出す。
「やべえっ。マジで先生じゃん」
「あんな先生の授業なら嫌どころか受けたいですよ」
「それはある」
そしてまた、土地神の力が増した。
読んでくださりありがとうございます◎