430 神隠しと同じ
清掃部隊のお陰で急速に場が整っていく。神職の者達も感心しながらその様を眺め、神楽部隊は最後の調整に入った。
「舞はまた……古いですね……ですが、ここから少し離れた所のものとほぼ同じようです」
舞を担当する者達の代表は、伊調と共によく行動している女性だった。あらゆる場所の舞を覚えており、この場でも高耶の視せた舞をすぐに再現してみせる。
「ここは意味を持たせたものです。きちんと手をこのように……ええ。首は少し傾げて」
こちらの指導も終盤に差し掛かっている。ここまで来たら高耶もお役御免だ。
そこに、神の中に居た子どもが目を覚ましたと聞き、高耶は彼の居るテントへ向かう。高耶を除けば一番年若いということで、源龍がその子を見ていた。何よりも、この子どもから鬼渡と似た気配があるということで、警戒していたようだ。
「あ、高耶くん」
「高耶ちゃんっ」
キルティスが子どもの状態を見ていてくれたようだ。
「あのね? この子、一応鬼渡ではないみたい」
「そうなのですか」
少しまだぼうっとしている少年。十才くらいだろうか。痩せ細り、肌には穢れの名残りだろう。薄いアザのようなシミがあった。
「すごく気配が似てるけど、そもそも、鬼渡は肉体をあちらで作られるみたいなのよ。だから、穢れとかにも強いの」
「なるほど……この子は、こちらの体ということですか」
「ええ。さっき、行方不明の情報で照会できたわ。源ちゃん」
「はい」
言われて源龍が書類を見せる。そこには、この子どもの顔らしい精巧な絵が付けられていた。かなり古い。
「かなり昔ですよね……よく情報がありましたね……」
「普通の子なら、この時代だと情報は残っていなかったかもね。けど、どうやらこの子、こちら側の血を引いてるみたいね」
「術者の?」
「ええ。蓮ちゃんの所の血筋みたい」
「橘の……」
鬼や土地神達が視え、食われるのを止めようとしたのだ。こちらの業界の家の子である可能性は高かった。
「能力の発現は弱かったのですって。けど、恐らく呑み込まれた時に、無意識に自身を結界で包んだのでしょうね」
「それで消化されずに済んだと……」
「だと思うわ。結界はかなり精神的なもので威力も変わるから」
結界というのは、強い意志の力で発現することが多い。守ろうと強く思うこと、負けられないと思うことなど精神修行が必要になると聞く。
実際、橘家の修行は厳しいと評判だ。蓮次郎の性格もあるが、根性が要るのだとか。そのお陰か、橘家の者と秘伝家の者は相性が良い。同じように厳しい修行を体験したことがあるからかもしれない。
「この子から話を聞く限り、一緒に入った子ども達のことも守ろうとしたみたい。けど、さすがに神の穢れには耐えられなかったのね……」
守りきれなかったという悲しみと絶望が、彼を強くした。
「鬼渡に近く感じるのは、霊力の強さのせいもあるわ。恐らく、今度は亡くなった子ども達がこの子を守ろうとしたのね。その力が取り込まれているみたいだわ」
「なるほど……確かに、鬼達も霊力は高かったように思います……」
次に薫の霊力の高さを思い出す。人として危ういほどの霊力の高さ。それをこの子どもからも感じていた。
「対応としては、神隠しにあった子と同じで良いと思うわ。ただ、この子の当時の家族はもう居ないでしょう……」
神隠しにあった子が救出された場合、年を取っていない状態のその者達の扱いは複雑になる。まだ彼は能力者の家系だから良いが、一般家庭の者からしたら恐怖の対象だ。
ふと思い出すのは同窓生の槇の家族。未だに神の領域の狭間で彷徨っているだろう彼の妹のこと。そちらもそろそろ家族が答えを出す頃だなと思い出した。
「そうですね……橘のどこかの家に養子に入れることになるでしょうか」
「それが良いと思うわ。その辺は、諸々終わってからでも大丈夫よ。何より、この子自身が現実を受け入れる時間が必要だわ……」
「……」
まだ少年は正気ではないように見える。
「霊力も落ち着いてくると思うから、それまで私が預かるわ。瑶ちゃんの所で心を休めながらね」
「お願いします……連盟の方には」
「私から説明しておくよ」
「分かりました」
源龍が首領達には説明してくれることになり、これで後は土地神のことだけで良い。
「さあ。もう舞台が整う所かしら? それをこの子にも見せてあげましょう。土地神もこの子だけでも無事だと知らせてあげたいわ」
「はい」
そして奉納の舞が始まる。土地神は落ち着いており、神職の者達も土下座さんばかりに何度も頭を下げて謝罪していた。
神は真摯に向けられる思いを感じ取る。悲しみはあるが、それでも土地神としての役目を思い出したようだ。
「うわ〜……虫が……消えた……」
「空気が違う」
一番その変化を実感したのは、この学校に通う律音と統二だ。
「すごいですね。兄さん。こんなに、土地神の力ってすごいっ……」
統二は感動しているようだ。
「これが正しい状態だな。今までズレて置かれていたモノの位置が正しい場所に固定されたというだけのことなんだが」
「そうなんですね……でも、今までのものが気持ち悪かったんだと、今更ですが分かります」
「あっ、それです! なんかやっぱり気持ち悪かったんだって感じました」
ズレているのが当たり前の所に二人は居たため、それまではあまり気にならなかったようだ。
「臭いもおかしかったんですね〜」
「うんうん。変な臭いしてたんだって気付いたっ」
「全部ズレるからな……」
何もかもが良くない状態だった。それが正常だと思い込んでいたのだ。
「これで、あとは奉納ライブです!」
「……そうだったな……」
そういえばと高耶は思い出す。
「学園祭っ、楽しみです!」
「はい!」
「……」
仕事は全部終わったと思った所にこれだ。高耶は少し苦笑しながら、仕方ないかと肩を落とした。
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