041 バレました……
2018. 10. 18
高耶はその晩、怪我を負っていることもあって、神楽部隊に捕まえた鬼渡の少女を任せ、すぐにそのまま自宅へ戻った。
泉一郎達も落ち着いているとの連絡があった。
時刻は深夜十二時を過ぎた所だ。確実に鬼の放った黒い炎が浄化されたかどうかを確認して回っていたのでここまで時間がかかった。
優希と留守番を頼んだ珀豪は、高耶が戻ったのを察して、優希や両親を起こさないようにと気をつけながら部屋へやって来た。
《主……怪我をされたのか?》
部屋に入って、珀豪はヒクリと鼻を動かすと、一瞬後に人型になる。そして、眉根を寄せながらそう尋ねたのだ。
「あ、ああ……鬼とやり合うのに油断してな……」
珀豪の人型は、袴姿の青年だ。上は白で下は紺色。長い髪は一つに束ねられており、色は青の入った白銀。瞳は薄い青。色白で、全体的に白い神官のイメージだ。
年齢は二十代後半といった容姿なので、高耶とそう変わらない。しかし、心配そうに見つめる彼は、とても知的で大人な印象を受ける。ただ心配するだけでなく、呆れた様子も入るので、兄がいたらこんな感じかもしれない。
《手当てしよう。その前に、酷く汚れているぞ。灰……煤か? 風呂で洗い流して来られよ》
「……はい……」
さすがに火傷を負っている背中は、怖くてゴシゴシと洗えないが、手足や顔、髪はかなり煤けていたのでしっかりと擦り落とす。電気の付いた部屋は先ほどと違ってよく見える。キレイに洗い流せば、脱衣所で珀豪が応急セットを用意して待っていた。
《清晶でもここまでしか治せなかったのか?》
その言葉で清晶が姿を現す。こちらもユニコーンの姿ではなく人型で、少年の姿をしていた。金の髪に青い瞳。十二、三といった年頃だ。笑えば可愛らしいのだが、ほとんど無表情かしかめっ面なので残念だ。
《このまま治したら、染み付いた瘴気を体に閉じ込めることになる》
《浄化には時間がかかるか》
《うん》
表情が変わらないので分かりにくいが、悔しそうに感じているのはわかっていた。
「いいんだよ。そんな痛みもないから、二、三日ズル剥けでも我慢できる」
《本当に一枚どころではなく爛れてしまっているぞ? これで痛くないと?》
珀豪は、皮膚が爛れ、柔らかく赤くなってしまった高耶の背中を見て顔をしかめている。因みに清晶は、なるべく見ないようにしているようだ。
「ヒリヒリするくらいだ。ただ、寝るのが怖いけどな……」
《痛みに慣れておられるのも考えものだ……主は、うつ伏せで寝られないのだったか》
そう言いながら、珀豪は的確に治療していく。式神であるのに、普通に手際良く処置していくのは不思議な感じだ。
「そう、無理。息苦しいだろ? それに、何かあった時にすぐに起き上がれない……」
《主よ……もう少し我らに頼っても良いと思うが? ここは戦場ではない》
「ま、まぁな……家には結界も張ってあるし……でもなぁ……これが俺の普通っていうか……」
《病気だな》
「くっ……」
病気だと言われても仕方がない。眠っていても、いつ何が起きても良いように過ごす。それが普通になってしまっている。
現代の、それも平和な日本で、戦時中のような気持ちで生活するのが普通なんてことは異常だ。
とはいえ、高耶は本来は見えないものと対峙しているのだ。こんな心構も業界的にはおかしくはない。
《このような怪我も平気で負われるしな》
「なんだよ。今日はやけに絡むじゃないか」
《うむ。我らが言っても反省の文字は主の頭に浮かぶことはない。故に、ここは良い機会と見た》
「ん? それはどういう……」
そこで、気配を感じてゆっくりと振り返る。緩慢な動きになるのは、恐れているからだ。
自宅でこんなにも警戒しながら後ろを振り返った経験は初めてだった。油断していた。珀豪達を自由に歩き回らせ、手を焼かせることが新鮮で、気が緩んでいたのだ。
彼らを家族にもう隠さなくても良いという心の緩みが、今回の敗因だと思う。半開きのドアから、眠っていたはずの家族が顔を覗かせていたのだ。
「い、痛そう……大丈夫なの!?」
「うっ、うっ、おにぃちゃん……っ」
「あ、いや、そんな大したことは……」
父は我が事のように痛みに耐えるような顔をし、優希は怪我を見て泣いていた。しかし、この二人はまだ良い。問題はその後ろだ。
「高耶……何してるの……」
「っ、は、珀豪に治療を……あっ、た、ただいま……?」
帰ってきたら言うのが約束だった。これを言わないから、きっとこれほどまでに怖い形相をしているのだと思い込んだ。
だが、当然そんなことではない。
「あんたは……っ、このバカぁぁぁっ!!」
「っ!?」
びくりと体を震わせながらも、深夜にその大声は近所迷惑だと冷静に考えたのは、やはり少々高耶の感覚がおかしいからかもしれない。
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次回、土曜20日0時です。
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