386 こんな夫婦もあり?
講義が終わり、事情を聞いた俊哉に捕まりながら、雛柏教授と大学を出れば、近くの大型商業施設内の喫茶店で教授の妻と合流した。
「はじめまして。雛柏小百合と申します」
「秘伝高耶です。突然の提案で申し訳ありません」
「いえいえ。私も暇をしておりまして。このようなお話がいただけるなんて嬉しいですわ」
小柄で可愛らしい女性だった。メガネがとてもよく似合っていて、そのツルにつけられたチェーンがまたオシャレで綺麗だった。
「小百合さんはねえ。図書館の司書をしてたんだ〜。そこで出会ってね。けどほら、今は検索機があるでしょう? あれでやる気が半減して辞めちゃったんだ〜」
「確かに……よく見るようになりましたね」
「ええ。最近は、自分たちで検索して自分たちで探すでしょう? それが、なんだか寂しくて……」
「他人の手を煩わせるのを嫌いますからね……」
若い子ほどそんな傾向が出てきている。聞いた方が早い時は確かにあるが、結局は人の手や目で探すのだから一緒だったりはする。
「場所さえ分かれば、取りに行くのも人ですものね。確かに便利ではありますけど……どこに何があるかと、ピンポイントで分かって取って来られるのが楽しかったのですよ。それが減って、残念で」
「小百合さんは凄かったんだよ。専門書でも何でも、題名を伝えたらどこの棚の何段目でどんな背表紙かも分かるし」
「ふふっ。右から、左から何冊目かまで答えられるのを聞かれると嬉しかったものですわ」
「そうそうっ。取りに行くのも楽しかったんだよ!」
本当にそこにあった時、一緒に喜べるのが聞いた方も楽しかったのだと言う。
「一緒に宝探しするみたいな感じでね〜」
「楽しかったですわね〜」
「それはちょっとしたデートじゃんっ」
「そうなのよ」
「そうなんだよね〜」
たった数分。その本を取りに行くだけの短い間、行動を共にするだけでも二人は満足だったらしい。
「読んだ事のある本だと、そのまま会話が弾んだりしてね」
「図書館の中ですから、声を抑えて話すのですけど、それがまたなんだか楽しくて」
「うわ〜、なんかそういうデート良いな〜。ってか図書館デート、憧れるっ」
「ふふっ。一般的な学生さんの図書館デートとは違いますけれどね」
「いや、なんかそっちより萌える。羨ましい!」
「まあっ」
「えへへっ」
赤くなる小百合も可愛かった。その隣で得意げに嬉しそうに笑う教授を見ると、お似合いの夫婦だとしか思えない。
「けどさあ。あの検索機、俺一個不満なんだよ」
「え? 何が?」
「だって、表紙の写真は出るけど、大事なのは背表紙じゃん?」
「……それはあるな」
これには高耶も賛成だ。
「ネットで本検索して、店で探したりするじゃん? けどさあ、店でも本は話題のとかオススメくらいしか表紙見せてねえじゃん? 探すのって、大抵棚にあるだろ? なら、背表紙の写真も一緒に載せてくれよって思うんだよ」
「そうねっ。それはあるわ。表紙の色合いと背表紙の色が別の時、見つけにくいのよっ」
「それそれ! 表紙のバックほぼ白だったのに、背表紙が青とか黒だった時のあの『思ってたのと違えじゃん!』ってなるやつ、どうにかなんねえの?」
「裏切られる時あるわよねっ」
「あるあるっ。すぐそこにあったじゃんっ、探してた時間返せって時めっちゃある!」
「あれは反則よねえ」
「マジでそれ!」
小百合と俊哉でなんだか盛り上がっているのを、高耶は目丸めてみていた。その向かいに座る教授は、興奮する小百合を嬉しそうに眺めている。
「ふふっ。小百合さんはねえ。本屋巡りも好きで、最近の若者が読むような本も色々と読むんだよ」
「それで俊哉とも話が合うんですね」
「背表紙問題、同じこと何度か怒ってたよ。アレは、見つけられなかった自分にもイラついたんだろうねえ」
「分かりますけどね」
「うん。分かるけどね」
高耶も雛柏教授も、そうした経験は何度かしている。本を読む者なら図書館や本屋で一度くらいは経験しているのではないだろうか。
そんな話から、俊哉と小百合は話を更に広げており、最初の話に戻ってきていた。
「あ、それで? 小百合さんはそこから教授と付き合うことになったん?」
「今思えば、お付き合い……したのかしら?」
「え? まさか即結婚!?」
俊哉の驚きの声から、教授も考える。
「う〜ん。その後、古語の翻訳の仕事とか紹介してね? 教えたりしながら、それこそ、図書館デートはずっとしてたよ?」
「そうですわね。私も半分デートだと思っていましたわ」
「付き合おうって言わなかったけどね」
「言われませんでしたけどね」
それでも良かったらしい。本人同士が口にしなくてもデートだと思っていたのなら良いのかもしれない。結果が結婚に結びついているのだから尚更。
「それでね。司書を辞めるなら、ウチの書庫の整理や翻訳を一緒にしてみない? って誘って、そのままお嫁に来てもらっちゃったんだ〜」
「……え……」
あまりにもな話に、さすがの高耶もコメントが出来なかった。出たのはそれはどうなんだと声を大にしないように抑えた一言だけ。
一方、俊哉はきちんと反応していた。
「もらっちゃったんだ〜って、マジかいっ! すげえな教授」
「あははっ」
「うふふっ。嫌だわ、あなたったら」
「すげえ……っ」
俊哉の目は輝いていた。見えるのは尊敬の念だろうか。そんな出会いで夫婦になったことへの。
「いやあ、お似合いだわ」
「良いご夫婦ですね」
「「ありがとうっ」」
これに帰結した。
こうして小百合とも親しくなった所で、この後、すぐに適当な場所から瑤迦の屋敷へと移動したのだ。
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