036 男女差別はしません
2018. 10. 8
湧き上がってくる気配は、この世界にあるべきではないと思わせるものだった。
ぞわぞわとする感覚を肌で感じながら、高耶は油断することなく構える。
視線は、女の三歩前。ゆっくりと女の足下から移動した魔法陣は、今そこで輝いている。
彼女と対峙した事で、神に対抗できるほど強い力を持っていないことは分かっていた。今封印が破られようとしているのは、鬼の力に干渉し、鬼の力によって解かれようとしているからだ。
麻衣子の血肉は、鬼にとって最良の糧となってしまったらしい。
怪しい光が一層その色を深めると、魔法陣の中から何かが生えてきた。
「っ……頭……角……?」
頭が見えたあと、目を惹いたのは額と頭部の境目辺りにある三つの角だ。中央とその脇にある。どれも親指くらいの長さと太さのようだ。
地面から出てきたその人は小さかった。高耶の胸まであるかどうかという所だ。どう見ても十二、三才ほどの少年にしか見えない。
その少年の髪の色は黒と判断すべきではない不思議な色だ。濃い緑というべきだろうか。けれど、先の方だけは淡く輝くような銀色だ。
肌の色は浅黒く、素肌を晒す両腕と頬には更に濃い黒の紋様が入っているように見える。そして、目は黒と金。白くないのだ。瞳の色は金の輪が幾つも見える。一般的に白いはずの場所は黒かった。
《お前が餌を逃したのか!》
発する声は人とは違う響きだ。それも少年とは思えない低い声だった。
「餌……手を喰われていた女のことか。知り合いのお孫さんだ。助けるに決まっている」
《っ、よくもっ……っ》
出てきたそばから、随分と余裕がない様子だ。
「……万全じゃないってことか……」
その時、鬼の少年に気を取られていて、女が移動したことに気付かなかった。
《高耶!!》
「っ!?」
充雪の声ではっと反射的に横へ飛び退る。そこに、女が振り下ろした薙刀の刃が深々と地面に食い込んでいた。
「外した……」
感情の見えない呟きを残し、刃を引き抜くと後退する女。高耶が目を細め警戒すると、不意に鬼が笑った。
《あははははっ。なんだ、お前も餌なのか》
「それは困るな……だいたい、お前、何のつもりだ? 今のはヤる気だったよな?」
「餌は必要だもの」
女は視線を一瞬、鬼へと走らせる。それで高耶は事情を察する。
「そうか……出したは良いが思いの外、力が足りていないのか」
「……」
図星のようだ。あまり表情が変わらない中にも、目がすがめられたように動くのが見えた。
《何をごちゃごちゃと言っている!》
鎖の音が響いた。目を向けることなく高耶は身を捻ると、顔の横を鎌が通り過ぎていく。その鎌の柄には鎖が繋がれており、ピンと張ったのが見えた瞬間、二歩ほど横へ移動する。
背後から戻ってきたそれは、高耶が先ほどまで居た場所を撫でながら鬼の手元へ戻っていった。
《よく避けたものだ》
「鎖鎌とはな……相手にするのは悪くない」
そんな呟きを拾った鬼は自分の有利を確信して笑う。
《はっ、絶望するがいい。それが私の餌となる!》
再び投げられた鎌。相手は、避けるだけと見ているだろうが、反撃はさせてもらう。
高耶は避けるついでに小石を拾うと、それを鎖の部分に向けて指弾の要領で弾き飛ばす。
親指大の大きさの石は、鎖を大きくたわませ、鎌の向きをこちらへ変えた。とはいっても、勢いは削られ、高耶には到底届かない。
《なっ!?》
そこへ女が突っ込んでくるが、高耶は慌てることなく右手を握るようにして前へ出す。すると、その手元に何かが急速に集まってくる。
「っ!?」
女が薙刀の切っ尖を振り下ろすと同時に、それが完成したと見ると、高耶は一歩踏み出して、体勢を低くすると、向かってくる刃と柄の付け根から斬り飛ばした。
《なんだ、それは!!》
そんな声が聞こえたが、高耶は刃が無くなったことで動揺したまま突っ込んでくる女の対処を続ける。
ただの棒になった柄を左手で掴み、そのまま押し込むように突く。手加減などしなかった。
「っ、ぐぁっ!!」
女の足は浮き上がり、三メートルほど先の木の幹に背中を強打して倒れた。
「悪いな、女であっても、剣を向けられたなら敵と見なすというのが、うちの流儀だ。敵は必ず手加減なく叩き潰すというのもな」
そうして、鬼に向き直った高耶の手には、青白く光る刀が握られていた。
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