335 可愛がっているんです
2023. 8. 17
離れにゲンを含めた連盟と繋がりのある刑事三人を伴って、高耶は離れへと足を踏み入れた。そして、そこで違和感を感じ取る。
「っ……」
「これは……っ」
「うわ〜、これはもう先越されてる?」
「おいおいっ。高坊。この状態でずっとか?」
神気だ。抑え付けようとするような圧力がそこには満ちていた。しかし、高耶がここに神楽部隊を呼んだ時には、全く感じなかったもの。
「いえ……この離れを覆うように結界が……これは先ほど到着した橘の当主のものです……こうなってからそう時間は経っていないかと……」
能力者や視える者以外が入れない特殊な結界だ。神気を外に出さないようにしているのだろう。
神気は本来、一般の人には良くないものなのだ。そして、断りもなく別の土地の神が神気を放出することは、その土地の神の力を脅かすこと。
相性の悪い神の神気は、土地への影響が悪いため、神同士の戦争になったりする。これが本能的に分かっているため、先ずそういう事態にはならないのだが、我を忘れるほど怒り狂っている場合はどうにもならない。
「これがあるから、必死で捜索してたってえのにっ。神の方が先に動いたちまったか……」
「やべえっスよっ。相性最悪のとかありましたよ!? それも来る!?」
「海の方のがめちゃくちゃ怒ってましたもんね……あ、雨雲て来る……ってか本神も来てる? やべ〜……降らせる気満々じゃん……」
「……この辺山ですけど、あの泥棒達、海のも持って来てたんですか?」
高耶が窓から真っ黒な雨雲を見上げながら確認する。
海の神は、直情型な激しい性質が多い。遠く離れた山の中に、雨雲を作ってやって来るほどだ。相当お怒りなのだろう。
「なんか、手当たり次第って感じでな。とりあえず盗って来られるものを盗ってきてから、売り捌けるか考えるってやり方だ。だから、特定するのに時間がかかっちまってな……」
元が苦々しげにそう口にする。
「朽ちかけのも構わず暴いていくもんだから、ただのイタズラって処理されてるのとか、そもそも発覚してねえのも多くてさ〜」
「だから俺ら、変な宗教団体とかも調べてたんだよ。そうしたらなに? こんなガキ共がやってたのか?」
焔泉の前で正座させられて泣いているのは、十代後半から上は二十代後半、三十頃の青年達十人。
それを見て、刑事達は目を半眼にする。
「ゲンか。盗品の分かりやすそうなのは、そこのや」
テーブルにきちんと祭壇を用意し、並べられている神具が数個。
それを元達は確認し、頷きあう。
「間違いねえな」
「追っていたやつらです」
「あ〜、これ、売りに出てなくてよかった……あっ、呪いが出てるっ。ちょっ、やばっ、危ねっ!」
慌てて一人の刑事が危ない雰囲気を出し始めていたものを結界で囲む。その手際はとても良かった。そして、結界も強力そうだ。
「おやおや。葉治郎ちゃんじゃない。大きくなったねえ」
そう彼に声をかけたのは、部屋に入ってきた蓮次郎だった。
「っ、ちょっと叔父さん! コレ、このままにするとか、ワザとっしょ!」
「あははっ。よく分かったねえ。いやあ、うんうん。腕上げたじゃない? ちゃんと修行は続けてるんだね。えらいえらい」
「白々しいっすよ! 毎週のように式で『修行しなさい』とか『そのうち抜き打ち試験しに行くよ』とかっ、『進歩してなかったら結婚させるよ』とか言ってきてる人の言葉じゃない!」
「「「「……」」」」
元や同僚の刑事だけでなく、聞いていた高耶と焔泉も、思わず責めるような目で蓮次郎を見た。何してるのかと。そして、お気に入りかと。
「え〜、心配してあげてるんだよ? 期待もしてるし〜。優しい叔父さんでしょ?」
「自分で言ってたら世話ないっすよ!」
「いいでしょ? ねえ、高耶くんっ。この子良いでしょ?」
「……そのサイズを固定で、神気まで防げる精度はすごいと思います。小さいのは意外と難しいですよね」
「え……」
「そうなんだよ!」
褒められて呆然としたのは、刑事の葉治郎。そして蓮次郎が身を乗り出し気味にして笑顔を向ける。
「やっぱりね〜。高耶くんならわかると思ったよ! うちの子達、これの良さが分からないのが増えててね〜。この子もそれで家に居づらくなっちゃって家出してそのまま刑事にまでなっちゃうし〜。困ったものだよ」
「……え……いや……だって……こんな小さいのしか出来ないから、家の恥だって……」
「それ、同年代のおバカっ子共が言ったんでしょ。あ、あと親か。あの子らは修行のし直しさせてるよ。まったく、自分が出来ないのにバカにするとか、バカだよね〜」
「……え……?」
「色々あるんですね」
そんな高耶の感想に、蓮次郎は笑った。
「本当にね〜」
「え……?」
自分は出来損ないだとでも思い込んでいたのだろう。周りに思い込まされていたというのが正しいかもしれない。葉治郎は、ただ呆然としていた。
そんな彼の手元に、高耶は目をやる。結界が黒く染まってきていた。
「このまま浄化できます?」
「へ? え? 浄化? いや、そんな高等技術はやろうと思ったこともないけど……」
「あまり練習する機会もないですもんね……素質はありそうですし、やってみてはどうです? 今後も、こういうことはあるかもしれませんし」
「え? いや、でも……」
家で、才能に劣等感を抱いている者には、こういう人が多い。最初から出来ないと決めつけて挑戦しようとしないのだ。失敗が怖いのだろう。次はもうないのだと思っているからだ。
戸惑う葉治郎に、蓮次郎が少し固い声で告げた。
「何してるんです? 以前、教えたはずですよ? やってみなさい」
「っ……」
当主に命じられれば、やるべきだと体は反応していた。だが、それでも勇気は出ないのだろう。
だから、高耶はその背に手を添える。
「大丈夫です。蓮次郎さんは、出来る見込みのない者に、無理にやらせる人ではないですよ。他家の当主も居る前での無茶振りはしません。少なくとも、あの顔では」
「……っ……」
蓮次郎の顔は、目は、真剣だった。怒気はない。やってみなさいと見守るものだ。
それを確認した葉治郎は、呼吸を整えてそれに目を向けた。
「分かりました」
ゆつくりと、結界の中に力が満ちていくのが高耶には見て取れた。そして、目に見えて溢れ出していた黒いモヤが消えていく。
「っ……できた……」
「ええ。もう結界も必要なさそうです」
「はいっ」
結界を解けば、キラキラと輝くように見える盃のような神具がそこにあった。
その状態を焔泉も覗き込むようにして確認する。
「ほお。中々の腕やないの。若いのに、よおやりはったなあ」
「っ、ありがとうございます!」
「ええ子が育っとるなあ、なあ、橘の」
「ええ……よくやりました葉治郎」
「っ、はいっ!」
蓮次郎がこうして褒めるのは珍しいことだ。本当に目をかけているのだろう。
だが、らしくないと思わない方が良かったかもしれない。
「では、出来るということも確認できましたし、あれを全部一つずつ頑張りましょうか!」
「……え……」
「うわ……」
高耶が思わず声を溢す。出てきた盗品なのだろう。部屋いっぱいに広げて一つずつ間隔を置いて置かれている神具は、少しずつ邪気を発していた。呪い発動何秒前といったのもかなりある。
「いやあ、葉治郎ちゃんが来てくれて助かりましたよ。うちの子でも、小さい範囲で個別にあの精度の結界張って、更に浄化まで出来る子って少なくて。本当に、最近は大雑把な子が増えて困りますよ〜」
「……へ……? あれ……全部?」
絶対に倒れる。そう確信出来る量だった。
「何を呆けているんです? さっさと取り掛かりますよっ。ほら、神様をお待たせしてはいけません」
「っ、お待たせって……っ、どんどん来てる!!」
「怒っておられますねえ。神楽部隊だけでは無理かな〜。どう思います? 高耶くん……」
「……お相手してきます……」
「よろしくお願いしますねっ。浄化も済んだものから、各地にお返しに向かいますからっ」
「はい……」
高耶も今日は眠れない覚悟が必要そうだった。
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