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秘伝賜ります  作者: 紫南
32/449

032 戦場での用意なんて想定してません

2018. 9. 30

公民館から出た高耶は、鬼の気配を感じ取る。


《もがいているな》

「餌場は絶ったからな。焦っているんだろう」

《ということは、鬼渡は現れずか》


高耶は油断なく、今度は町全体に意識を広げる。一度感じた鬼渡の者らしき人物の気配が近くにないか確認しているのだ。これに充雪も気付き、地に立つように高耶の後ろに控えた。


しばらくして、高耶は小さく呟く。


「これは……清雅の……」

《道場か。そういや、気になる女というのは、孫娘とは知り合いだったんだろ? 家に呼ばれていてもおかしくないんじゃないか?》

「そう……っ、いや、気配がおかしい!」

《っ、いきなりかよ!》


唐突に、感じ取っていた力が膨れ上がった。高耶は反射的に走り出す。充雪も弾かれたように再び空中へ飛び上がっていた。


「まずいな。黄昏時か」


夕焼け色に大地も染まる頃。闇へと切り替わろうとするこの時間帯は全ての境界が曖昧になる。


《先に行くぞ》

「ああ。【天柳】充雪と先に行ってくれ!」

《承知しました、主様》


この時間帯が妖たちに有利なように、式神達も動きやすい。正しくものが見えなくなるのが『逢魔が時』なのだから。


天柳は橙色の光に紛れて自身を焔に変え、宙を駆けていった。


「間に合えよっ……」


高耶も加速する。多くの秘伝を会得してきたことで、身体能力は常人の域をとうに超えているのだ。人のいない小道へ入り、塀や屋根を飛び越えていく。


直線距離が近いのは当然だ。この時、自身に不可視の術をかけるのは忘れない。つくづく、陰陽術を使えて良かったと思う。おそらく、秘伝の者が陰陽術を使えるようになったのは必然なのだろう。


時に木を風が抜けるようにしならせ足場にし、半ば空中を駆けてきた高耶が清雅の道場へ着いた時、階段を上がったそこには、泉一郎と、先日、お茶を出してくれた麻衣子の母らしき人が倒れ臥していた。


「泉一郎さんっ」


慌てて駆け寄る。先に行かせた充雪と天柳が居ないということは、これの犯人を追っているのだろう。まずは泉一郎達の状態を確認しようと手を伸ばしたところで、視線を感じた。


「誰だ!」

「っ……!?」


門の脇に、こちらを呆然と見つめて座り込む青年がいたのだ。


「あなたは?」


顔をしかめて尋ねると同時に、泉一郎が呻いた。慌ててそちらに目を戻し、上体を起こそうとする泉一郎に手を貸した。


「泉一郎さん、怪我は?」

「うっ……頭が揺れるが、大丈夫だ。花代さんは……っ」

「立たないでくださいね。確認してきます」


花代と呼ばれた女性の体を確認する。酷く息が細い。顔色も明らかに白過ぎる。


「これは……血を抜かれた……?」


体温もかなり落ちている。このままでは危険だ。


「っ……」


どうするかと考えを巡らせる。事は一刻を争う。病院に運んだところですぐに輸血が出来るかわからない。


「高耶くん……花代さんはっ……」

「血が足りないようです。このままでは危ない……っ、この方の血液型は分かりますか?」

「あ、ああ……B型だが……」

「っ……同じ血液型の人が近くにいればすぐに対処できるのですが」


高耶は残念ながらA型だ。泉一郎がB型であった場合も対応できない。彼は今、精神が傷付いている。そこに身体的な負荷はかけられない。


しかし、ここでその人物の存在を忘れていた。


「俺がっ! 母さんと同じB型です!」


門の傍で青くなっていた青年だ。彼は何もされていないようだが、恐怖したのだろう。青くなった顔を見ると心配だが、それよりも女性の方が問題だ。


「ならこっちへ。最低限のラインまで血を送る」

「はっ、はい」


何がなんだか分かっていない青年だが、この状態では説明している時間も惜しい。


単純に他人の血を入れる訳ではない。ただ、同じ型の方が馴染みやすいからだとか色々と事情があるのだが、そこは割愛する。


「横になってくれ。ゆっくりやるが、気分が悪くなるかもしれない。気をしっかり持てよ」

「っ、はい……」

「高耶くん……」


高耶は青年の腹の辺りと、女性の心臓辺りに手をそれぞれ翳した。心配そうに見守る泉一郎の前で、その手が紅く淡い光を宿す。


「これは、戦場に出た時に使われる秘術です。重傷者に血を分け与える。準備ができていれば、血液型など関係なく対処できるのですが……」


十分な用意があれば、血を作り換えながら相手に与えることもできるのだが、あいにくと、今回は予想できなかったので、準備がない。


次第に女性の顔色に生気が感じられるようになってくる。時間にしてみれば三分ほど。ようやく高耶は息をついた。


「なんとか……危機は脱したようです。後は病院で対処してもらってください」

「そうか。良かったっ……」

「救急車を呼びます。協力ありがとうございました。もう少しあなたは横になっていてください」

「ええ……起き上がれそうにありません……」


青年は片腕で目を隠すようにしてぐったりしていた。軽い貧血状態なのは明らかなので、そのままにさせてもらう。


高耶は上着をまだ意識の戻らない女性にかぶせ、救急車を呼ぶため、スマホを手に取った。

読んでくださりありがとうございます◎


次回、火曜2日です。

よろしくお願いします◎

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