316 護衛のメイドさんです
2023. 3. 30
話は終わったから早く休めと追い立てられ、高耶は部屋に戻って来た。
だが、休めと言われても旅行中は難しい。何より、高耶が少し熱が出たくらいで様子が変わることがないのもいけないかもしれない。
部屋では、満と嶺、彰彦がテレビを観ながらまったりと時間を過ごしていた。
満が気付いて手を上げる。
「おっ。高耶お帰り。話し合い終わったのか?」
「本気でこの旅館をお買い上げって?」
嶺が冗談半分で言うが、これに高耶は普通に頷いた。
「ああ。問題なさそうだ」
「……マジで?」
「……本当なんだ……?」
二人は、さすがに冗談だと思っていたようだ。
「ふっ。さすがだな」
彰彦は何やら満足げだ。
「いやいや、旅館だぜ? いくら金があっても……いや、金があったら買えるか……買える……のか?」
「え? いや、いくら? 都心じゃないからって、安くねえじゃん? 何千万と……」
段々と生々しい会話になってきた。それを聞きながらも、高耶は部屋を突っ切り、廊下の椅子に座った。背もたれもあるので少し楽だ。
それを見て気付いたのだろう。彰彦がじっと高耶を見つめて口を開く。
「なんだ? 調子が悪いのか」
「「え?」」
「……彰彦……お前は本当に凄いよな……」
「ふむ。素直に褒められるのも悪くない」
「そうか……」
観察する力というのが、彰彦は特別高いのだろう。我が道を行くとはいえ、周りをきちんと見ているのだ。
「え? ちょっ、大丈夫か?」
「風邪ひいたとか? 咳とかはなさそうだが……」
満と嶺が心配そうに声をかけてくる。そこに、俊哉が勢いよく部屋に入って来た。
「高耶!! ちょっ、き、綺翔さんが居たんだけど!! 仲居さんな綺翔さんがっ!! 俺の錯覚!? 願望の現れ!? どうなってんの!?」
「……」
大袈裟に騒ぐ俊哉に、高耶は呆れ顔を向ける。すると、そこにまさに仲居の装いになった綺翔がやって来た。
《……布団敷く……邪魔》
「綺翔さん!?」
俊哉をひと睨みして、その脇を通り抜け、綺翔は奥の部屋に入る。布団を敷いてくれるらしい。
「え? え? 布団? 綺翔さん? お布団なんで?」
混乱する俊哉に、面倒そうにチラリと目を向けるが、気にせず流れるような速さで布団を敷いた。一つだけ。
そして、スススっと高耶の側に来て両膝を突く。
《敷いた。早く休む。それと、エリーゼを呼ぶ》
有無を言わさない迫力があった。観念してエリーゼを呼ぶことにする。
「……分かった……【エリーゼ】」
《エリーゼ参りました》
優雅に礼をするメイド姿のエリーゼ。これに当然のように満と嶺は驚く。
「うわっ。今度はメイド!?」
「メイドだ……メイドさん!?」
一方、俊哉はようやく落ち着いたらしい。
「あ、エリーゼたん久し振り〜」
《俊哉はん。うちと綺翔姉はんとの扱いの差、はっきり付け過ぎちゃいます?》
「いや、綺翔さんは特別枠だし」
《せやったな……恋は盲目いわはりますし……ところでご主人……無理しはったって聞きましたで?》
「……必要だったんだ……」
《ちゃいますやろ? 出来てまうのが問題や! 綺翔姉はんっ、ここはうちにお任せくださいっ。きっちり看病しますよって!》
《頼んだ》
《はい!》
それなら良しと、綺翔は部屋を出て行った。
それを思わず呆然と見送った俊哉は、はっとして部屋のドアに取りすがり、去っていく綺翔へ叫ぶ。
「き、綺翔さあんっ!!」
《煩い。周りに迷惑》
「すいません!!」
《ん》
「あっ……後ろ姿もイイっ!」
俊哉は廊下に半身を出したまま座り込み、一人で感動していた。
《……俊哉はん……ほんまに好きなんやな……周りがドン引きしとるやん。ご主人、休もうとするのはええけど、見いひんかったことにするの、どうかと思うで?》
「いいんだよ。ここにはきちんと反応してくれるのが居るから……六時に約束があるから、十五分前には起こしてくれ」
《承知しました。この人らの世話はしてええ?》
「適当に相手してやってくれ」
《了解やわ》
高耶は俊哉が大人しい内にと、奥の布団の敷かれた部屋に入る。そして、きっちり結界で閉じた。
《お兄さん方、お茶淹れましょか?》
「「っ、お願いします!」」
「うむ、頼む」
そうしてお茶を淹れだしたエリーゼ。お茶が入っても俊哉は座り込んだまま戻らない。見兼ねたエリーゼが呼ぶ。
《俊哉は〜ん。そこに居っても綺翔姉はんは戻って来いひんよ。ちょっとこっちでお茶しなや》
「……はっ、え? もう綺翔さん居ない!?」
《脳内映像観とったん? いい加減危ないで?》
ここでようやく俊哉は立ち上がって部屋に入ってくる。
「いいじゃん。誰にも迷惑かけてないしっ」
《姉はんにキショい言われるで?》
「一人で楽しむことにする!」
テーブルについて宣言された。
《止めえ……言うても無駄か……もうええから、静かに頼むで? ご主人が寝とるさかい》
「ん? 何? 高耶調子悪いのか? 何かした?」
《契約しとらん式を喚んだんよ。扉繋げてやれば良かったやろうに……いくら縁のある式や言うてもなあ……》
「へえ……っ、ん?」
俊哉は高耶が居る部屋の襖を開けようとして開けられずに動きを止めた。
「え? 鍵? あ、結界か」
《よお分かっとるやん。うちにも開けられへんよ。声は聞こえるで、問題ないんやろうけど……ここまでする言うことは……面倒なのが近くに居るんやね……うちには懐かしい気配やわ……》
エリーゼは目を細めて窓のない方を睨む。そちらに山があった。
「エリーゼたん、戦えたりはするの?」
《それなりや。一応、屋敷を守る者やで、侵入者には容赦せん。今はこの旅館が守護範囲になるでな。やから、綺翔姉はんがうちを指名したんや。ご主人の護衛やな》
「なるほど……で? 今、侵入者は?」
俊哉は鋭い目で廊下の方を睨み出したエリーゼに確認する。
《気配はある……けど、これは影のように実体がないもんや……手は出せんやろ。見とるようではあるがな……》
「それって、監視されてるみたいな?」
《明確に誰かを狙ってやないかもしれん……餌場にしとるわけでもなさそうやし……害はないけど……それがなんや、気持ち悪いわ……》
明確な敵対行動はない。エリーゼには正体がわかっているからこそ、それが逆に気持ち悪かった。
「ふぅ〜ん……」
そうして、俊哉とエリーゼの会話が終わるのを待っていたのだろう。満と嶺が同時に口を開いた。
「「説明を求める!!」」
「うをっ」
《ぷっ、好奇心の強さは俊哉はんと同じくらいと見たっ》
「「メイドさんかわいいっ」」
《どうもっ》
そうして、エリーゼは高耶が休む間、彼らの相手をすることになったのだ。
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