266 出会えた喜び
2022. 4. 7
蓮次郎と焔泉が、思わず身を乗り出して声を上げる。同時に、秘伝家に仕えている者たちも声なき悲鳴を上げていた。
「「危ない!」」
「「「っ!!」」」
そんな警告など気にせず、高耶は目を煌めかせていた。
「おっ。槍術っ、それも斧槍術かっ。大当たりじゃないかっ」
珍しく高耶は子どものようにはしゃぎながら、振り下ろされる攻撃を後ろに飛んで避けていた。そして、その形状を改めて確認したのだ。
それは、ハルバードとも呼ばれるもの。槍の先端に斧のような形の刃もついた西洋の武器の一つだ。
一方、蓮次郎や焔泉達は、気が気ではない。
「っ、なんであんな楽しそうに……っ」
「高坊の実力は知っておるつもりやったが……これは怖いなあ……」
斬られたら終わりの真剣勝負。そんなもの、陰陽師達にはほとんど縁がない。結界で防ぐのではなく、身体能力によって避けるなんて考えないものだ。
「だ、大丈夫そうだけど……」
「ほんに……楽しそうやしなあ……」
二人の心配など、高耶には不要のものだった。今、高耶はこの出会いの幸運に、本気で喜んでいたのだ。
「今の時代じゃ、使い手にまず出会えないと思ってたんだが………っ、ここで出会えるとか奇跡だろっ」
先ずは動きを見ようと、攻撃を全てギリギリを見定めて避ける。その間、高耶の頬は緩みっぱなしだ。
「あの人たちの技じゃないんだ……」
統二が、初めて見る高耶の一面に呆然としながらも思わず呟いたのはそんな言葉。姿もそれに近いのだから、当然父達の持つ技を使ってくると思っていたのだ。
その隣で、もうほとんど処置が終わったらしく、完全に高耶の方の見ものに加わった充雪が説明する。
《奴の中で最も強かった精神の記憶が選ばれるんでな。秘伝の精神の味や質は良くても、強さを見ると……コイツらじゃ劣るんだろ》
充雪は、ポツポツと目覚め出した者たちを振り返って確認する。
《まだまだだな。将也どころか、あいつの小学生の頃よりも鍛え方が足りんわ》
あいつというのは、高耶のこと。小学生の高耶よりも秀一達が弱いと聞き、統二は当然だと自慢げにし、勇一は肩を落とした。
「嫉妬して罠にかけるしかなかったほどですし、最初から負けを認めてる人たちが強いわけないですよね」
《そういうこった》
「……」
勇一は呆っと、たった今目を覚ました状態の父秀一を憐れな人だという目で見つめた。
助けてくれた人が自分達が見殺しにした将也だと知ったら、どうなるか分からない。勇一は静かに秀一の下へ向かった。
一方、高耶は瑶迦から託された刀を抜いて、今度は攻撃を受け止め、いなす。
「ハッ!」
《……》
息を詰める場面であっても、呼吸を必要としない『深淵の風』は、相手にしづらくもある。
予備動作の中には、呼吸の仕方の変化も出るはず。それが読みづらいのだ。だが、そこは多くの種類も様々な技を会得してきた高耶だ。経験からそれを補っていく。
「なるほど……重心の取り方は当然違ってくるよな……」
槍術や薙刀とも取り回し方が違う。攻撃を受け止めることで、力の伝わり方を高耶は正確に読み込んでいった。そして、ある程度まで理解すると、高耶は手にしていた刀に霊力を込める。
「よし、やってみるか」
刀が形を変えていく。相手と同じ得物へと変化していった。それを見た統二や、今や目を覚ましてそれに自然と見入っていた秘伝家の者たちも目を瞠る。
そんな中、蓮次郎と焔泉は、驚きながらも高耶の持つ刀の正体を察していた。
「アレ……実在してたんですね……」
「ほんになあ……もしや、瑶姫かや? 霊力によってその姿を変えるという……幻の霊刀『幻幽刃』……」
「我々『幻幽会』の名の由来になったソレの……実物を見られるなんて……」
かつて、神刀、妖刀など、多くの力ある刀を打ってきた刀匠の一族がいた。その一族が、究極の一振りを作ろうと心血を注いで作り上げたのがこの霊刀だった。
しかし、普通の人が持てば精神が狂い、狂人となる。真に力ある陰陽師達だけが扱えるものだと言われていた。とはいえ、陰陽師が刀を持って戦う場面は少ない。その上、この刀は容赦なく持った者の霊力を吸い取り、力としていく。とても実用に耐えられるものではなかった。
ただし、捨て身で強力な妖や怨霊を退治しようとすれば最強の武器となる。いわば、諸刃の剣と呼ぶべきもの。
使い手を選ぶ神刀や妖刀より、更に使い手を選ぶ刀。やがて、どこぞかに封印され、その名の通り、幻となったのだ。
「あの刀が時代や使い手で姿を変えるように、時や場所、一族によって我々も姿や力を変えて対応する……そして、幻のように在るべきとして、『幻幽会』を名乗ったのでしたよね……」
「実際に見ると……なんや、感慨深いなあ……」
斧槍の形を取ったソレは、鮮やかに高耶によって光の軌跡を作る。
「これが……当主……」
それが誰の口から溢れ出た言葉なのかを認識出来ないほど、この場の誰もが半ば息を止めて、高耶の動きに見惚れていたのだった。
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