260 味が一番らしい
2022. 2. 24
事務に問い合わせた結果、仕事の該当はなかった。
そもそも、統二と勇一の父である秀一をはじめ、本家に居た者たちは現在、一応は本家での謹慎処分になっていた。仕事は監視付きで行っているし、道場については陰陽術とは別なのでそのまま続けられている。
そして、その関係で出掛けたという報告はあったようだ。
「監視はついていると聞いていましたが……」
当主である高耶には、週一で連盟から報告は上がっていた。術者としての素質を見出され、秘伝家の本家に暮らしていた者達は、全員が式神を喚び出せなくなっている。高耶に歯向かったためだ。
自分たちは、陰陽術だけでなく武術も修めているのだから、他の家の者たちよりもずっと優れているのだという高い自尊心は、式神が喚び出せなくなって、崩れ落ちた。
多くは式神の力に頼り切りであったし、一度教える立場になった者たちは、誰かに頭を下げて何かを教えてもらうというのが出来なくなっていた。
そこに来て、若く、本家の直系でもない高耶が当主になったのだ。下に見る事しかできなかったのだろう。
その辺りを矯正するため連盟では、秘伝の者を見習い扱いで派遣することにした。そこで、他の家での当主の扱いや陰陽術についてを、きちんと再認識してもらおうというのだ。
半数は反省した様子で、真面目にやっているようだが、秀一など、上層部の者達は過去に高耶や高耶の実父を陥れたことについての事情聴取が並行して行われていた。
だからこそ、監視の目はキツくなるはずだと認識していたのだが、そうでもなかったらしい。
『私的な所までの監視はしていないのです。武術に関してのもので、それも個人的な繋がりのことだからと』
「個人的な……それならば仕方ないですね……お手数おかけしました」
『いえ、御当主権限で、行き先の報告義務を課しておく事もできます。どうされますか?』
「そうですね……少し考えます」
『承知いたしました。では失礼します』
「ありがとうございました」
さすがに、そこまでするには気が引ける。しかし、個人的な繋がりでの仕事というのも、当主に報告しないというのは変かもしれない。そこはまた、焔泉にでも相談しようと、話を切った。
隣では、瑶迦に本家に向かうことを伝えに行った統二が戻ってきており、不安そうな顔で電話が終わるのを待っていた。
「何の仕事だったんですか?」
「個人的な繋がりの場所だったらしい。連盟で関知していなかった。どこかの道場かもな」
「そう……ですか……」
これでは、本当に仕事でどうかしたのか確信が持てない。こうなると、充雪の報告待ちだ。
それほど待つことなく、充雪が戻ってきた。
《待たせたな。見てきたが、精神が削られているようだ。あれだな……おそらく『深淵の風』だ》
「深淵……そういえば、あの鬼渡の……あれから報告もないな……」
それが共にあったという報告は、連盟にしていた。だから、それに対抗する札も用意し、貴戸薫を捕らえていたのだ。よって、出てきていないだけかもしれない。未だ、狭間に倒れていたという彼女は目覚めていないのだ。
高耶も見た訳ではない。清雅泉一郎の見たというものの印象と、状態からそれだと判断しただけだ。本当に彼女が制御できていたのかも定かではない。
嫌な予感がした。
「あれが……野放しになってる可能性がある……なんてこと……」
《あり得んとは言えんな。アレが襲った相手には、お前の力の残滓が残っていた……恐らく、あちらもただでは済まんかったはずだ》
泉一郎は精神を削られていたが、抵抗も出来ていたように感じたのだ。本来の深淵の風ならば、あの場の者全てに襲いかかっただろう。血を抜かれて弱っていた花代は、真っ先に狙われたはずだ。しかし、これには理由があった。
《お前の力には、あの時は特に、山神との繋がりも出来て神気が混じっていた。それに触れたなら、消えんまでも、弱りはするはずだ》
「……そいつが今回?」
《だろうな。だが、まだ本調子じゃねえ。今回襲われたのは、それなりに武術を修めていた奴らだけだ。精神が強靭なのを狙ってんだろうよ》
精神の密度が高い者。それを狙っていたのかもしれない。
だが、そうなると他にも被害者が居たかもしれない。これからも出る可能性がある。高耶が難しい顔をしていると、充雪がニヤリと笑った。
《あいつらの精神を食ったんなら、心配ねえよ。アレは、量より質を取る。秘伝の味を知ったなら、他にはもう目を向けねえよ》
これまでの間の被害者を探す必要はあるが、今後の心配は秘伝家の者だけらしい。
《あの家は俺の気が覆ってるからな。中に居れば、まず手を出さねえ。アレには神気が天敵だからな》
「なら、家から出なければ……」
《ああ。だが、逆に、あいつらが外に出れば、餌として判断されるってことだ》
「……なるほど……餌か……」
《きっと、簡単に釣れるぜ?》
「なら、さっさと捕まえるか」
《だな》
時間もない事だし、早く片付けよう。
「っ、待って、兄さんが危ないんじゃ……」
《いや、高耶は俺と同じだからな。寧ろ避けられる。だから……》
「勇一だな」
《おう。あれなら餌にピッタリだ》
「やらせる気はねえしな」
《まあな》
二人して悪い顔をしながら、歩き出す。
そこに、藤が壺と刀を持ってやって来た。
「高耶さん。姫さまが、こちらを持って行くようにと」
「ありがとうございます。お借りしようと思っていました」
「ふふっ。では、お気を付けて。六時頃にはお戻りください」
「分かりました」
それほど時間をかける気はない。そうして、何ヶ月ぶりかに秘伝の本家へと足を向けたのだった。
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