255 あの後の学校
2021. 1. 13
高耶は時島に案内され、まず校長室に向かう。今日はまだ低学年が下校しただけで、あと一時間くらいしないと、高学年の下校時刻にならない。それを待つのだ。
因みに、当然のように俊哉もついてきている。
「やっぱ、小学校って、なんか小さい感じするよな〜。なんでだろ。ドアの大きさはそんな変わらん気がするけど」
そんな俊哉の言葉に、時島が少し笑いながら答える。
「教室と廊下の間の窓が低いからかもしれんな」
「あっ、それだ! そこでなんか感覚が狂うんだ」
そんな話をしながら職員室の前を通る。
「そういや、この前憑いていた先生はどうなったん?」
「ああ……」
時島が眉を寄せた。高耶は予想していたことだ。
「えっ、なに? 辞めた?」
「いや……」
「え〜、どうなったのさ。気になるじゃん」
「俊哉、騒ぐな。悪いようにはなってない……はずだ」
「高耶知ってんの?」
「いや……」
時島と二人で黙った。そして、少し目も逸らす。
そこに、タイミング良くというか、その人がやってきた。
「あ!! あの時のっ!」
「あっ、あん時の先生!」
あの時憑かれていた湯木と俊哉の声がかぶった。
「え? あれ? なんか、顔付き違くね? あれ? 別人?」
「いや、湯木先生だ。間違いない……間違いないんだが……」
時島は、引き続き目を誰とも合わせようとしなかった。
その間に湯木が大股歩きで近付いてきた。表情としては、今すぐ駆け寄りたいというものだが、廊下は走らないというのが身に染み付いているのかもしれない。
そして、高耶の前で立ち止まった。背はそれほど変わらないが、湯木の方が細く、長いように錯覚する。
そんな湯木は、勢いよく頭を下げた。美しい直角だ。
「以前は失礼いたしました!」
「あ、ああ……その……お元気になられたようで……」
キレ良く頭を上げた湯木は目を煌めかせていた。
「はい! 校長に後でお聞きしました! 悪いものを祓ってくださったと! 本当に! ありがとうございました!!」
「あ、いえ……仕事ですので……」
「お若いのに大変なお仕事をされているのですね。以前は失礼な態度で、ご不快な思いをさせたかと……申し訳ありませんでした!」
「……あれは憑いているものの影響もありましたので……」
「それでもです! 本当に感謝しております!」
また深く頭を下げて見せる。こうなりそうな気がしたから、高耶も微妙な顔をしていたのだ。
「別人じゃん……陰険なのが体育会系になるとか……おかしいだろ……」
俊哉も微妙な顔になった。
そこで校長が声に気付いたのだろう。校長室から、女校長である那津が顔を出す。
「湯木先生? あら、御当主。そういえば、学芸会のピアノ演奏についてのお話を幸花優希さんに頼んでいましたわね。湯木先生、もうよろしい?」
「は、はい! 失礼しました校長! 今後もこちらに来られる時はご遠慮なく! では、失礼します!」
「……はい……」
前半は那津へ。後半は高耶に向かって伝えると、湯木は職員室へ入って行った。
高耶達は、そのまま無言で校長室に入り、ドアを閉めるた途端に俊哉が口を開いた。
「なにあれ」
「ふふふ。まあまあ、さあ、お座りになって」
「失礼します……」
「うい〜っす」
ソファに座ると、ふうと高耶は小さく息を吐く。すると、隣に座った俊哉がすかさず身を少し乗り出して問いかけた。
「で? あれはどうなってんだ? 前はイヤ〜な感じで嫌味ぽい感じだったんだろ?」
「なんでそこまで知ってる?」
「廊下で言い合ってたじゃん。あと、女校長への当たりが強いって。俺、耳良いの」
「……」
当て付けのように、校長の言葉より教頭である時島の言葉で納得して見せたのを聞いていたらしい。それを知れば、喋り方からも嫌味っぽい感じというのも予想できたようだ。
「妖の影響を強く受ける体質だったんだろうな。それを完全に祓ったから、人格にも影響が出たんだ。あるだろ、なんとかデビュー」
「高校デビューとか、そういうやつ?」
「ああ。環境とか感覚に影響を受けやすい人だと特に、憑かれていた時の考え方と、今の感覚の違いに気付くんだよ。そこで、人格がガラリと変わる」
「へえ〜」
新たな人生の区切りを明確に付けるのだ。だから、周りは完全に人が変わったようにも感じる。
「私もびっくりしたのよ。何か私たちがしたことは気付いたらしくてね。あの高耶くんがピアノを弾いてくれた時の記憶があったみたいで、苦しかったのが悪いものの影響だって思ったのね。あんなにコックリさんとか信じてなかったのに、今は信じてるみたい。もちろん、よくないものとしてだけど」
湯木はコックリさんとか、霊的なものを極端に信じていない人だった。それが以前はこの学校の問題にも影響を与えていた。だが、今は違うという。
「あの後、数日は寝込んでいたようなのだけど、それから学校へ来て、真っ先に私や時島先生にコックリさんのことを聞いてきたのよ。どうなったのかって」
「蔦枝のことも聞かれた。それで、まあ、正直にな」
「そうでしたか……」
きちんとお祓いをしてもらい、湯木に憑いていたものも祓われたと話したらしい。それを彼は、あっさり信じたのだ。逆に那津と時島は驚いた。信じられなくてもいいと思って、とりあえず全部話したのだが、それを全部信じられてしまったようだ。
「けど、良かったじゃん。煩いのが居なくなったってことだろ? あ、ある意味、逆に煩くなったか」
「ふふふ。そうねえ。でも、嫌味がなくなって、私のストレスはなくなったから、少し暑苦しいのは良いのよ」
「他の教師との衝突も無くなったのはよかったと思う」
結果的には、学校が平和になったということで、良しとした。
「それより、久しぶりなんですもの。先生達が集まるまでお話しましょう? 妹さんの習い事のこととか聞きたいわ」
「そうだよ高耶。花やお茶って? 着物選ぶとか言ってなかった?」
「……よく聞いてるな……」
「それは私も気になった。あの年でお茶やお花をやっているのか?」
そうして、一時間と少し、授業が終わって全学年の先生達が職員室へ戻ってくるまで楽しく話をしたのだった。
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