237 世間話……?
2021. 9. 9
高耶が前に進み出る。そこは結界の端だ。そこで一旦、足を止める。
目の前には、地面から一メートルほど浮いた状態の男性がいる。格好は、昔の英国貴族が着るような、キラキラの装飾も施された服装。絵画や資料で見たことあるなと思えるようなもの。
瞳は宝石のような光る赤。警戒した猫のように瞳孔は縦に伸びており、人ではないのが分かりやすい。髪は黒に見えるが、毛先にいくほどに濃い赤になっていく。
体格はすらりと伸びた細身。手足も長く、四肢のバランスは良かった。モデル体型と言ってもいいかもしれない。顔も小さく整っている。
これが現代の多くの人々の好みの容姿なのだろう。悪魔はその時代ごとで、人の好みを反映するのだ。
それでも個性がある分、皆同じ容姿になるということはない。見分けは付けられるが、実際に多数の上級悪魔と出会うことはないので、いざという時に見分けられるかどうかは保証できない。
高耶自身、上級悪魔と顔を合わせたことは数えるほどだ。それでも、全くないのが普通なので、多いことには変わりない。
そんな中でも、この上級悪魔とは顔見知りだった。
よって、なんの気負いもなく、高耶はすぐに結界外へと足を踏み出した。
慌てたのは蓮次郎達だ。
「っ、た、高耶くん!?」
若い祓魔師達も、無意味に手を伸ばす。だが、彼らの足は動かない。腰が抜けたままの者も多いのだ。
「『なっ、なっ、何してんだっ』」
「『っ、待て!!』」
「『死ぬ気か!?』」
大慌てだ。物凄く動揺している。年配の者たちは、もう声も出ない。
どうしようもなく湧き出てきていた恐怖心は、常盤と黒艶の結界によってなくなったが、全く怖くないわけではないのだ。だから、彼らは咄嗟でも足を動かすことができなかった。
それは統二や勇一もそうだ。
「っ、兄さん!!」
「ダメだっ!」
しかし、高耶は変わらず平然としていた。結界の外に出れば、当然先程のように震えがくるほどの恐怖心を感じるはずだ。だが、高耶は顔色一つ変えなかった。
その上、間違いなく人ではないもの相手に、普通に挨拶したのだ。
「お久しぶりです。クティ」
高耶は彼の愛称を呼ぶ。本来の名は、教えてもらっているが、呼ばないのがマナーだ。
《ふむ……こちらの感覚では、昨日のように思えるものだが……少し大きくなったな。他に変わりないか?》
「そうですね……あ、母が再婚しました。妹もできて……仕事のことが家族にバレました」
そのまま普通に近況報告に入ったことを知り、誰もがぽかんと口を開けた。
《おお。ようやくか。嫌われはしなかったか?》
悪魔の声は、思念としてそれぞれの頭に届くため、言語の違いは関係ない。声の大きさもだ。これは、式神達にもいえること。
高耶の言葉が分からなくても、彼の言葉で会話の内容も察せられたらしい。『えっ?』『どういうこと?』と、声に出さずに、顔を見合わせながら、目や表情などで混乱を表していた。
そんなこととは知らず、高耶は続ける。
「話さなかったことは怒られましたけど、受け入れてもらえました」
《それは、義父にもか?》
「はい。母はいい人に出会えました」
《そうか、そうか。だが、残念だ。嫌われたなら、是非とも人里離れた場所で、息子として私と暮らしてほしかったのだがな》
これが聞こえたことで、結界内の者たちは更に混乱していく。
《場所の選定にも入っていたんだが……残念だ》
それほど表情は変わらないが、声音というか、思念から、本気で残念だと思っているのが伝わってきた。
これに苦笑しながら、高耶が応える。
「それ、皆んな言うんですけど……」
皆んなと言った時、彼には高耶の思考から、正確にその『皆んな』を知ったようだ。
《はっはっはっ。あの者達もだな。そうそう……だから、出てきたのだ。少々、騒がしくしてしまったな。らしくない態度を取った》
「ああ、少し驚きましたが、クティだと知っていたら、これほど慌てませんでしたけどね」
《すまん、すまん。あれくらい音を立てぬと、下級や中級のが、顔を出すのでな。少々威嚇した。それと、ここの者たちにもな。ゆっくり話をするためには必要だったのだ》
「そうでしたか」
高耶も焦ったが、知り合いの彼で本当に良かった。加減なく存在を感じさせたのは、祓魔師達にこうして高耶と話すところを邪魔されないようにしたかったかららしい。
《何より……》
その時、霊穴の前に光の渦が現れる。それを見て、彼は続けた。
《……アレらより先にと思ったのでな……》
「……天使……」
そこから現れたのは、真っ白な甲冑を纏った天使だった。
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