233 事態は深刻です
2021. 8. 12
霊穴が開く場所というのは、洞窟や人の手の入っていない森の奥が大半だ。怨念や穢れなどが滞留しやすいことで、あちら側と繋がってしまうのだ。だからこそ、今回の開き方は異常だといえた。
高耶はそれを確認してから、先ずはここの人々の安全を確保しなければと、結界をより強固なものにする。次に霊穴を覆う結界を張らなくてはと考えていると、蓮次郎が立ち上がった。
「すぐに結界を張っ……!」
蓮次郎が駆け出しながら、自ら結界を張ろうとするが、距離があることと、あまりにも濃厚な霊界の気配に身を強張らせた。
倒れそうになる蓮次郎を、高耶が慌てて支える。ここは、高耶の結界の外だ。
「蓮次郎さん。落ち着いてください」
「っ、あ、ああ……」
これほど濃いものは、蓮次郎であっても感じたことがないのだろう。支える体が震えていた。同じように駆け出そうとする者たちも、高耶の結界を通り抜けたと同時に、息を詰まらせたように苦しみだす。誰も立っていられなくなった。
このままでは命にも関わると判断し、高耶は結界を急いで拡げた。
「結界から出ないでください!」
「っ、は、はいっ……」
カタカタと震えながらも返事をしたのは、橘の者たちだ。他に結界に自信を持っており、動こうとしたのだろう祓魔師達の大半は、気絶していた。
彼らを介抱するために、また年配の者たちが動く。少し彼らが気の毒になってきた。そんな風に周りの様子を見ていた高耶に、ようやく落ち着いたらしい蓮次郎が苦笑する。
「高耶くんの結界は、やっぱり凄かったんだね……空気が違うよ。寿命が縮んだかも……」
「気持ち悪いですよね。湿度高めというか、纏わりついてくる感じが不快で」
肺から汚染されていくようで、とにかく不快な空気が霊界にはある。ヒヤリとする冷気も感じるのに、緩いような、とにかく気持ち悪いのだ。もちろん、瘴気も混じっており息苦しくなる。
しかし、普通は不快という言葉で済んでしまうものではないらしい。
「……高耶くん……もしかして、少しは霊界に入ったりできるのかい……?」
「ええ。憑いているのも、アレですし、耐性があるんです」
アレと口にした時、そこに充雪が現れる。
《アレとはなんだ! アレとは!》
「じいさん……まさか、あそこから戻ってきたのか?」
充雪は、未だに霊界で少しずつ鬼についての情報を集めていたのだ。とはいえ、ずっと行きっぱなしではない。時折は優希の護衛として側に居る時もある。
《おう。今回はかなり奥まで行っていたから、そらそろヤバいと思って、どうやって戻ろうかと悩んでいたら、お前の気配がするじゃないか! そんで、あんな大穴! これがラッキーというのだろう! ツイてる! マジ消えるかと思った!》
「……」
いくら充雪が神であり、霊体であっても、霊界の奥は瘴気が濃すぎて、存在に侵食されかねないのだそうだ。
浅い所では、最早情報はないと判断し、奥まで行ったは良いが、予想よりもキツかったらしい。それも、存在が危ぶまれるほどに。
「何してんだ……完全に消えなくても、侵食された部分を浄化するのに、何十年か眠る事になるだろっ」
《っ、心配か?》
「優希の機嫌が悪くなるだろうが」
《……だな……》
心配していない訳ではないが、完全に消えないことは分かっているので、高耶としては、しばらく会えない間、当主としてなんとか一人でやるだけのこと。だから、気になるのは充雪をおじいちゃんと慕う優希に、会えなくなることをどう伝えるかだ。
これには、充雪も納得した。高耶の家は優希を中心にして回っている。
「ん? おい、じいさん。まさか……繋がってる場所は、かなり奥ということか?」
少し、異常だとは思っていた。離れていても感じる強い瘴気。今までの霊穴より、深い部分で繋がっているのではないかと思わずにはいられない。
充雪さえ、ヤバいと言う深さの場所。そこに、繋がっているのではないか。その予想は残念ながら外れていなかった。
《おうっ。だって、六階だもんよ》
「六ッ!? っ、常盤! 浄化結界! 【黒艶】! 断絶結界で遮断だ!」
《はっ!》
《了解だ》
予想よりも遥かに深い場所と繋がっていた。これが人里に近ければ、そこも無事ではない。
高耶は次々に指示を出す。
「【珀豪】! 【清晶】! 手分けして辺り一帯を浄化だ! 瘴気を人里に流すな!」
《承知》
《水神にも協力してもらう》
今までも、水によって遮断されていた。何より、力のある水神だ。川があれば、そこで食い止めてくれるだろう。
「【天柳】、綺翔と果泉と共に、土地神に協力を仰ぎ、土地の浄化を頼む。これ以上影響が拡がらないように留めてくれ」
《承知しました》
《諾》
《はい!》
これで持ち堪えながら、霊穴を一刻も早く閉じなければならない。だが、あれほど大きく、更に深い所に繋がる霊穴を、すぐに閉じるなど無理な話だ。
「安倍家に連絡入れたけど、これはちょっと人の手には余るよ……高耶くんの式だから、持ち堪えられてるようなものだ……どうしようか……」
青ざめた様子で、何とか連絡を取っていた蓮次郎だが、前例のない事態に、頭を抱えてしまっていた。
その時、恐る恐る霊穴の様子を見ていたらしい祓魔師達が騒ぎ始めた。
「っ、こ、こんな大きな力のっ……あ、悪魔が出てくるぞ!!」
高耶も先程から感じていた。霊穴の向こう側から近付いてくる大きな気配。常盤と黒艶の結界を二重にして対策しているとはいえ、厳しい状況になりつつあった。
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