225 合同任務へ
2021. 6. 17
金の鎧の腕の部分。机の上に乗せられたそれに、玻璃は長く細い指を少しだけ触れた。目を閉じてその物に宿る記憶を読み取る。
悪魔は、獲物とした者が執着する物や人を察する力が高い。そして、それを利用して陥れていくのだ。
高位の悪魔ほどその察する力が高いのだが、玻璃のように記憶を読めるものは少ないだろう。
ゆっくりと、長いまつ毛が上げられる。それがまた俊哉達には神秘的で美しく見えたらしい。ほおとため息が漏れていた。
《……滅ぼされた……消された……一族の怨念が、最期に術を……かけた》
高耶が口を開くより先に、戻ってきた蓮次郎が尋ねた。
「どんな術なんだい?」
《っ……》
集中していた玻璃には蓮次郎が部屋に入って来たことに気付かなかったようだ。驚いたというように、隣に座っていた高耶に抱き付く。
「おや。驚かせたかい? 高耶くんの式……ん? 天使さんかな?」
高耶にとって玻璃は、可愛い妹のようなものになっている。宥めるようにぽんぽんとその背を叩きながら答えた。
「彼女は悪魔です。ただ、本質は天使と変わらない悪魔の中では変わり者になります」
「へえ。とっても可愛らしい子だね」
《……あ、あの……ありがとう……?》
「娘にしていいかな!」
瑠璃が蓮次郎を睨みながら、高耶ごと玻璃を抱きしめて威嚇する。
「……すみませんが、それはご遠慮ください……」
「ダメかあ。あっ、でも高耶くんがウチの子になれば、丸っと付いてくるかな?」
これに何と答えるのが正解だろうかと考えていると、俊哉が口を挟んだ。
「ダメだって、おっさん。色んなとこからクレーム付くぜ? それこそ、むこう? の方からも」
「君……案外、物が見えてるんだねえ」
「おうよ。最近は特に、色々視えるぜ」
「よろしい。なら、高耶くんと一緒に、君もウチの子にしてあげよう」
「マジか……高耶と兄弟……俺が兄な」
「バカ言ってんな。蓮次郎さん、今はこっちの話をしましょう」
収拾がつかなくなりそうだった。本当に蓮次郎は俊哉のことを気に入っているらしい。
「仕方ないねえ。確か、最期の術がって話だったよね」
ようやく戻った。
「玻璃。どんな術なんだ?」
トントンと今一度玻璃の背中を叩き、瑠璃を引き剥がしながら尋ねる。
《っ……天使の門を閉ざして……悪魔の門を開放する……霊界に……その特異点が……ある……》
「まさか、こっちでやたらと霊穴が開いていたのは、その影響で?」
《封印を解いた者がいる……悪魔じゃない……けど……霊界の……気配を纏ってる……》
「……鬼渡だね……」
「……」
蓮次郎の答えに、高耶も静かに頷いた。
《……引き寄せられてる……》
「だから、日本に向かっているのか」
日本では今、霊穴が沢山開いている状態だ。それを察知したのだろう。
「ここで、これを消したらどうなる」
部品を消滅させたら、鎧は完成しないのだ。ならば、術を完成させないで済むのではないかと考えるのは当然だ。しかし、それも対策されていた。
《鎧が完成しないと……本当に憑いているものが……祓えない……》
「一つずつではダメってことか」
玻璃は腕の部分の鎧を見つめて答えた。
《……悪魔の方だけを……どうにかしてもダメ……天使の方も……繋がりを断たないと……》
「それ、難しいよ? むこうの子達にとって天使は善だ。繋がりを断つなんてできないだろうね。技術的な面でも」
天使との繋がりは、あちらにとっては重要で、尊いものとされている。仮に悪い影響が出る柄としても、嫌がるし、何よりも、断ち方が分からないだろう。
「けど、そうなると……こっちに来るのは良いことかもね。高耶くんなら、天使も悪魔も大丈夫でしょ?」
「さすがに……全部は無理です」
瑠璃の力も玻璃の力も、人が扱うには強すぎるのだ。いくら高耶でも負担は大きい。それを、瑠璃も十分にわかっている。
《わたしたちの力は、どちらも人には負担でしかありません。全部を高耶さんになんて、押し付けないでください》
《ん……》
玻璃もダメだと高耶の腕を掴んで、蓮次郎を見た。
これに、蓮次郎は少し考え込み、思いついた対策を口にする。
「なら、合同だね。どのみち、あちらの責任も問わねばならないし」
「では……」
蓮次郎の言わんとすることは分かった。
「今回の件。連盟と協会の合同で事に当たろう」
それは『幻幽会』発足以来初の、合同任務となることを意味していた。
読んでくださりありがとうございます◎