212 忙しくて忘れることもあります
2021. 3. 18
霊門を開けるための場所を決めた高耶は、橘の者たちが集まる前に、再び土地神の下へ向かった。この地で霊門を開けるのだ。一応の許可は必要だろう。
《構わないわ。邪魔が入らぬよう、手も貸しましょう》
「ありがとうございます」
この神はまだ若く、力も有り余っているというほどではないが、余力が十分にあるようだ。何より、不安材料を今回のことで全て払ってもらえるならば安いものと考えたのだろう。高耶としても有り難い反応だった。
お狐様の儀式場からやや離れた場所。霊門を召喚すると決めた場所だ。そこで充雪が待っている。
今回、充雪は視える力があれば見えるよう、調節していた。俊哉たちの目にも視えたのはそのせいだ。
本来は素質のある者にしか視えないようにしているのだが、本家を叩いたことで、当主の問題も一応の解決を見たため、そうしている必要がなくなった。
お陰で、充雪も気兼ねなく視える者たちと交流を持てるようになり、ご機嫌だ。
合流した高耶が見たのは、橘蓮次郎と楽しそうに話す充雪の姿だった。
「蓮次郎さん? こちらに来てしまって良かったんですか?」
蓮次郎の他には、いつも彼のそばに居る秘書一人しかいない。
「こっちがどうにかならないと、手が出せないみたいだしね。僕が結界を張るよ」
「ありがとうございます」
当主である蓮次郎が張る結界ならば、一人でも問題ない強度となるだろう。安心だ。
「その間の警護には、怨霊の対処に当たらせてる二つの部隊を……ああ、来たね」
「「お待たせいたしました! 秘伝の御当主!」」
「……」
やって来た二つの部隊の内の一つは、見知った清掃部隊の上役二人が入った五人の部隊。誰もがキラキラとした目で高耶を見ていた。これに、高耶は半歩後退る。
なぜ清掃部隊の、それも上役が混ざっているのか。残り三人の内訳は、恐らく一人が神楽部隊で見たことのある青年と、まだ若い行脚師、残り一人が橘の術者の女性だ。清掃部隊の二人以外は若い。
すごい組み合わせだなと、高耶が困惑していると、そんな様子を見て笑いながら蓮次郎が説明する。
「彼らは、高耶くんが居るならって参加した子たちだよ。いやあ、高耶くんの人気も困るよねえ。今回の仕事、想定よりも多く人数が集まったのも、大半が高耶くんに会いたいからだし」
「……はい?」
まったく内容が頭に入ってこなかった。意味不明だ。
「だって、高耶くんって基本一人で片付けるじゃない? もうね。最近は特に憧れだけが先行しちゃって、大変なんだよ」
「……意味がよく……」
わからない。
そして、もう一つの部隊が、まさかの勇一含む若者達の部隊だった。彼らもようやく担当の場所に行けたと思ったら呼び出されて、少しお疲れだった。
「あ、もう一つのこっちの子達は、近くに居たから呼んでおいただけ」
「……そうでしたか……」
そう言ってはいるが、蓮次郎は勇一の存在を意識しているようだ。少しだけ向けた目が冷たかった。呼んだのは、たまたまではなく、高耶の能力を勇一に見せつけるためだろう。
蓮次郎は、あの本家強襲の折りに参加できなかったことが、悔しかったらしいのだ。あれがなければ、今回の仕事に勇一を入れてはいないだろう。他の秘伝の関係者も高耶には近付けたくないと思っているのだから。
それだけ、高耶だけが蓮次郎にとって特別だった。
「さてと。もう出来る? 昼前までには、霊穴の方に取り掛かりたいなあ」
「そうですね。夜までに片付けないといけないこともありますし。では、始めます」
勇一は、一言も発せなかった。ただじっと、高耶のやることを見ていた。もちろん、怨霊達を牽制したり払ったりしながらだ。
霊門を召喚した時には、誰もが目と口を大きく開けていた。
「じいさん。帰りは勝手にしてくれよ」
《分かっとるわい。そんじゃ、レンちゃん、向こうが片付いたら合図するからな》
「は〜い。待ってるよ。セッちゃん」
「……ん?」
おかしな呼び名を聞いたような気がすると、高耶は首を捻った。しかし、本人たちは気にせず手を振り合っており、すぐに霊門は閉じて消えていった。
「よし。じゃあ、高耶くん。僕は霊穴の方に戻るね」
「あ、はい……お狐様の方の完了を見届けたら、一度合流します」
「分かった。その後の手筈については、そこで話そう。よろしくね」
「はい」
一旦解散し、高耶はお狐様の儀式の方へ戻る。まだまだ今回の仕事は始まったばかり。やる事は山積みだ。お陰で呼び方についてこの時、すっかり忘れてしまったのは仕方のない事だろう。
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