197 鈍感で良かったね
2020. 12. 3
ムクは可愛い手足を動かして、テーブルの上をトコトコ歩いていく。そうして、瀬良の前に立つと、そのつぶらな瞳で瀬良を見つめた。
「っ……かわいい……っ」
《ムク、カワイイ? ありがとう。ちょっとだけにらめっこ、いい?》
「っ、いいわ!」
気合いが入ったようだ。グッと口を引き結び、見つめ続ける。
《あれ?》
「どうしたの?」
コテンと不思議そうに首を傾げたムク。けれど、うーんと考えるように手を口元に持っていき、首を一つ振った。
《ん。なんでもない。もう大丈夫》
「っ、かわいすぎっ」
《ありがとう?》
顔を両手で覆って悶える瀬良に、ムクはどうしたのだろうと、再び首を傾げながらもお礼はする。そうして、高耶の方を向いた。
「どうだ? ムク」
《片親に神職の血がある》
「父親……は、いづきさんの所だから……瀬良、母親の前の姓はなんだ?」
神職であった片親の方は、母親の血だろう。ならば、姓を知ることでこちらで照会できる可能性は高い。
「えっと……コミヤだったはずだけど」
「字は?」
「え? 小さい宮じゃないかな? 気にしたことなかった」
「母ちゃんの実家とか行かねえの?」
俊哉の問いかけに、瀬良は首を横に振った。
「私が小さい時におじいちゃんとおばあちゃんがいなくなって、兄弟もいないから、実家はもうないって聞いてたの。だから、どこにあったかも知らない」
「よく気にならんかったなあ」
「え? 気になるもの?」
答えを親友の伊原に求めると頷かれていた。
「興味は湧くかも」
「そうなんだ?」
本当に気にならなかったようだ。そこで、ムクが呟く。
《キツネ……キツネの形が見えた》
「狐……」
高耶はまさかと蓮次郎へ目を向ける。頷かれた。
「もしかしたら、狐の都で狐都かもしれませんね。または狐に見る谷で狐見谷もあります。どちらも表に出さない名前ですけどね」
狐に関する名前は多い。それは信仰によるものだ。
「お狐信仰関係だと……慎重にやらないとまずいですね……」
「神子は神子でも、お狐様系はねえ……上手く引き合わせないと血筋全部持っていかれますから」
困ったなと揃って頭を抱える高耶と蓮次郎を見て、瀬良は顔色を悪くする。声をかけたのは、俊哉だ。
「なあ、高耶。具体的に何がまずいんだ?」
「お狐様は、家の繁栄と血筋を守るために契約するんだが、当主とは違い、その代で最も神力を受けやすい者を巫女や神子として世話係に任命する。その巫女がお狐様との唯一の窓口になるんだ」
ここまではいいだろう。なるほどという納得の表情が見える。瀬良の顔色も良くなってきていた。
「問題なのは、引き継ぎだ。これは口伝が多く、家によっても違う。事故や突然の病で巫女が亡くなった場合、それが途切れてしまう。そうなると、お狐様の方もどうしたらいいのか分からなくなり、悪いものとなって逆に血筋を絶やす方へ動くようになるんだ」
「っ、で、でも。分からないならどうしようもないじゃないっ。え? ちょっ、それってまさか、うちの問題なの?」
瀬良が混乱しながら思わず立ち上がる。そんな彼女に、蓮次郎は追い討ちをかけた。
「契約はここまでだとその時の巫女がきちんと手順を踏んで契約を解消しないと、繋がりが消えないんだよ。まあ、その解消の仕方も口伝だから、途絶えてたらどのみち難しいよね。目先のものに釣られた、君のご先祖様が悪い」
通常の神とは違う。契約による繋がりを得るものだ。それはとても扱いが難しい。
「それ、多いのか?」
俊哉が興味本位で高耶に確認する。
「もうほとんど残ってない。ここ二百年くらいで一気に減ったらしい。契約が履行出来ずに消えた血筋もあるが、一番多いのが……巫女や神子を一族の者が害したことによる自滅だ」
「自滅って……」
どういう意味か分からなかったのだろう。優希の居るここで言いたくはないが、ここまで来たらと思う。
「……引き継ぎが上手くいかずに契約不履行としてなら、その血筋はゆっくりと数十年かけて不幸が重なって消えていく。けど、一族の者が巫女を害したと判断された場合、それは裏切り行為だ。ある日……残らず殺される」
「っ、それ、揶揄とかじゃなく? その巫女はどうなんの?」
答えたのは蓮次郎だ。
「巫女の体を乗っ取るからね。力に耐えられずに死んじゃうんだよ。そこで血筋が消えて終わり。分不相応な力を求めた代償は軽くないんだよ」
「……」
自分たちの力ではない。神に準ずるものの力を使おうというのだ。勝手は許されない。
「……巫女は、視える力を持つんだ。だから、昔と違い迫害されやすい。その上、祀るために家族には理解できない行動も多い。家のためなのに、理解されないことに孤独を感じて、更に溝を広げていく……それで最期に家族を手にかけるなんて……救われないだろ……」
「……そういうのも、高耶は関わったりするのか?」
「ああ……それも仕事だ」
「……」
何度かあったのだと、俊哉は察していた。
少しの沈黙。それを破ったのは蓮次郎だ。
「まあ、ここで問題なのは、そちらのお嬢さんのお家だね。まず、神子と思われる弟さんに会ってみなきゃいけない。それで、母方の実家の場所の確認。御神体があるはずだからね。それがないと、引き継ぎが出来ない」
「やり方って、分かるんですか? 家によって違うって言ってましたよね?」
伊原が冷静に質問していた。
「そこは、高耶くんがいればなんとかなるから」
全員の目が高耶へ向けられた。
「……ええ……まあ、何とかします」
「ね? どのみち、引き継ぎをしないと、契約の解消もできないからね。ただ気になるのは……」
「離魂症ですね。お狐様の場合はよくないはずです」
「どうゆうこと?」
瀬良の代わりというように、伊原が疑問をすぐに返す。
「神の神子は『愛し子』だ。唯一、大切な存在。だから、自分たちの領域へ呼ぼうとすることで、魂が離れ易くなる。だが、お狐様の場合は『世話係』で『窓口』だ。その体は使っても良いもの。だから、弾き出して自身が入り込む」
「っ、じゃあ、あの子はっ」
「夢見が悪いのは、乗っ取られかけているからだ。何年も眠るだけの弊害しか出ていないのは……適任ではない?」
高耶は首を傾げ、ムクへ目を向ける。すると、ムクが瀬良を指した。
《巫女》
「は?」
《巫女。けど、視えない。だから半端モノ?》
ムクも混乱しているようだ。だが、何となく分かった。
「瀬良が本当の巫女ってことか。力が封じてあるとかか? そんな感じはないが……」
「っ、わ、私っ?」
高耶がジッと見つめるその視線から、瀬良は恥ずかしそうに目をそらした。蓮次郎もそれに続く。そして、納得の声を上げた。
「なるほど。あの大和さんのお孫さんだからと見ていましたが、もしや、君のご両親はオカルト系を全く信じない人種かな?」
「え、あ、そ、そうです……だから、おじいちゃんと仲が悪くて……っ」
申し訳なさそうに告げる瀬良に、蓮次郎は笑った。
「あっはっはっ。それは、それはっ。良かったですねえ。そのお陰で鈍感になって、なんとも中途半端な巫女や神子になったみたいですよ?」
「え? ど、どうゆうこと?」
バカにしているようにしか聞こえないが、あまりの内容に、瀬良も怒れない。
「君の弟さん、多分視えるんだよ。だから、神子じゃないけど視える弟と、巫女だけど視えない君。それで、お狐様もどちらが神子か判断しきれなくて、結果今まで無事だったってこと。たまにいるんだよね〜。極端に信じない両親の影響でバグっちゃう子」
「……」
蓮次郎の口からバグっちゃうと聞いて、高耶は蓮次郎が心からこの状況を楽しんでいることを察してしまった。
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