176 解決の糸口
2020. 7. 9
食事も済み、ゆったりと腹を落ち着けるためにお茶を飲む頃。ようやく話を始めた。
「鬼渡の女やけどなあ。霊穴の影響でおかしな場所にはまり込んどるんよ。あれは穴を閉じ切る寸前が引っ張り出すチャンスやろうねえ」
そこに居るのだが、位相がズレているらしい。霊界と現世の狭間とでもいうのか、そこにはまり込んでいるために、今は手を出せないのだという。
「まあ、見殺しにせんようにするつもりや」
「そうですか……」
少しだけホッとした。さすがに元とはいえ源龍の双子の妹を見殺しにはして欲しくない。
「霊穴が閉じる目処は立ちましたか?」
「それがなあ……」
「何か問題が?」
焔泉が口ごもる。
「えらい長う開いとったんやろうねえ。縮まる気配もないわ。まいったなあ。はっきりゆうて、お手上げやわあ」
「……」
焔泉はカラカラと笑った。全く笑い事にできない。蓮次郎まで苦笑い。なんとか、外への影響を抑えられるだけ抑えて戻ってきたというわけだ。
「神がおられんでなあ……場を調整するんにも一苦労や……せやから、一部を土地神探しに行かせとる。引継ぎが上手くいっとらんだけやと信じたいわ……」
土地神は必ず生まれる。ただ、前代との引継ぎが上手く出来ず、間が空くことは珍しくはない。前代の加護が切れ前に何とか次の神を見つけ出すことができれば、土地はそれほど荒れることなく済む。精霊が多ければ多いほどそれは長く保つ。
自然の多いこの場所は、そうして保ってきたのだろう。霊穴は弱い精霊達ならば吸い込み消していく。この辺りに居るのはそれなりの力を持っているのだろう。
高耶が話をした山神が言うには、居なくなって久しいらしい。神の感覚で考えると、百年近く経っているはずだ。
その上に霊穴が開いてしまっていては、この土地の力は一気に弱まる。そこを、鬼につけ込まれたのだろう。
この奥にいる屋敷憑きも精霊として土地の安定に一役買っていたはずなのだから。
「っ、なんだか気持ちの悪いのが聞こえてきますねえ」
蓮次郎の呟きによって、思考から戻ってきた高耶は、奥から微かに聞こえるそれを認識する。力のあるその祝詞のようなものは、遮音の術を行使したところで聞こえてきてしまう。
「すみません。術でかなり抑えているのですが、どうしても漏れてきてしまって。外にはこの屋敷がありますし、耳を澄ませなければ聞こえないようになっているのですが」
仕事をして来た後に不快なこれを聞いたのでは機嫌も悪くなるだろうと、先に謝っておいた。
「高耶君は悪くないよ。私でもここまで抑えられるか分からない……結構な力のある言葉のようだね……書き留めたかい?」
「ええ。源龍さんがやってくれました。しばらく青い顔をしていましたが」
「っ……」
蓮次郎がスッと源龍に目を向ける。源龍の体が強張る。だが、すぐに戻すと、奥に目を向けながら蓮次郎は再び口を開いた。
「これならば仕方がないでしょうね。術が安定し辛いのもそのせいですか」
「っ……」
「え、源龍さん。調子が悪いんですか?」
「あ〜……少し安定しないだけだよ……アレが耳についてしまってね……だから、外に出たりしていたんだけど」
「そうだったんですか……気付かず、すみません」
「いや、それより、高耶君が大丈夫かなと……綺翔殿が問題ないと言っていたから、大丈夫なんだろうけど……」
源龍は軽くノイローゼのようになり始めているらしい。そのため、外回りも兼ねて外に出ていたのだという。迅もおかしくならないように、連れ出していたようだ。
そこで、高耶は大丈夫なのかと心配するのは当然のこと。だが、綺翔に尋ねれば問題ないと返答が返ってきたらしい。
「俺はあえてソレだけ聞かないようにする集中法を会得しているので」
「……そんなのあるの?」
「ええ。秘伝の一つで。なんていうのか……聴き分ける力の応用です。ソレだけ意識から排除するんです。別のものに集中していて周りの音が聞こえない時があるでしょう。それを意識的にやるんですけど」
「「「「……」」」」
「……出来るように思えないよ……」
「そうですか?」
すごく微妙な表情をされた。
「でも……受験の時とかに役に立ったんじゃない?」
何かフォローがきた。この雰囲気は不憫な子を慰めようとする感じのものだ。なので、明るめに持っていく。
「ええ。会得するのに煩い所で長期間集中する必要があって、条件が厳しかったのですけど、その時ちょうど、本家の罠に引っかかって、連盟の地下に入れられたんですよ。条件ピッタリで、そのお陰で今みたいに、聴かなくて良い声を聴こえなくできますから」
「「「「「……」」」」」
「どうしました?」
さっきよりも酷い微妙顔。何か言いたいがどうしようかと迷うようなそんな表情だった。
連盟の地下にある部屋。そこでは力を封じられる。霊達が視えず、聴こえずになるのだが、仮処分であった高耶は、その封じが弱く、視えないだけで声は聴こえた。
それは当たり前に視えていた術者にとって相当堪える。自白を促したりする目論見もあるらしい。そして、その部屋の周りの部屋にもそうして仮処分を受けた者が数人居り、その人達が早い段階で気が狂ってとっても喧しかったのだ。
霊は声が聴こえるだけの者をからかいたがる。よって、煩い環境は整った。その上、受験勉強中。正に好機だったというわけだ。
「た、高坊がこうゆう子おやゆうこと……理解できたわ」
「お前なあ……」
「さすがに不安になりますねえ……やはりアイツらはクズだな……早く消して……うちの子に……」
なんだか蓮次郎からブツブツ聞こえる気がしたが、恐らくいつもの黒い呟きなので気付かなかったふりで通した。
「それにしても……ほんまに気味悪いなあ。これはキツいで」
焔泉達でも、数日これを聴き続ければおかしくなる可能性があるようだ。
そんなにかと高耶は改めて聴いてみることにした。しばらく聴いていると、そこで何かが引っ掛かった。
「ん?」
「高耶君? 大丈夫?」
源龍が声をかけるが、高耶は何が引っ掛かったのか考えを巡らせる。そして、立ち上がった。
「どうしたんだ?」
そんな達喜の声にも答えることなく、高耶は引き寄せられるように、楽譜を広げてあった机に歩み寄る。そして、それらを一通り眺める。ほとんどの楽譜のメロディーに共通点があるように思えていたのだ。
「……だからか……エリーゼ、ここの持ち主は、お前の姿が視えたんだよな?」
《はい。ですが、いつもというわけではありません……演奏中……が視えることが多かったかと》
「そうなると……やっぱり音か」
またしばらく眺め、それから思い立ったようにピアノに向かった。おもむろに弾き出す高耶に一同は驚く。
しかし、声は出さなかった。その音から何かを感じていたからだ。あの聴こえてくる祝詞よりも強い何か。
高耶は考えていた。
楽譜から読み取ったもの。それが何なのか。しばらく弾き続けると答えは出た。
「やはり、混じっているんだな」
演奏を止めて立ち上がり、驚いた表情のままの焔泉達に告げた。
「神楽部隊を呼んでください。上手くいけば、土地の力を取り戻せるかもしれません」
「っ……すぐに召集するえ」
確信を持った高耶の瞳の光に気圧されながら、一同は慌ただしく次の行動へと移ったのだった。
読んでくださりありがとうございます◎




