173 良い伝を持っています
2020. 6. 18
二度寝から目覚めたら源龍と迅が居なくて高耶は少し驚いた。
何かあったのかなと焦り出した所で、エリーゼがメイドモードで朝の挨拶に来て、逆に冷静になった。
《ご主人様。朝食の準備はできております》
「……源龍さんと迅さんは?」
まだ続けるのかと呆れ半分。完璧にメイドになりきろうとしているらしいので、乗ってやることにする。
《お二人は、山の見回りに行かれました。昼までには戻るそうです》
「そうか……分かった」
エリーゼは満足げに笑みを浮かべ、一礼してダイニングの方へ向かって行った。
髪を整え、顔を洗って結界の様子を確認してから朝食の席につく。
綺翔はいつでも戦闘態勢に入れるようにと、昨晩から獅子の姿のままだ。高耶が来ると、その側にやってきて床に寝転んだ。黒艶は、タイトドレスから秘書仕様に変わっていた。
《おはよう。主よ。今日はどうされる?》
装いだけでなく、そうであろうとしているようだ。ここに常盤が居たらそのポジションは回って来ない。とても楽しそうだった。
「……連盟の方からの指示待ちになるからな……文献でも漁るか。こんな時でもないと時間が取れないからな」
《ふむ……では、取って来よう。霊穴と鬼に関するものでよいな?》
「ああ……雛柏教授に借りたのも持ってきてくれるか?」
《任せるがよい!》
黒艶は早速と影の中に姿を消した。
朝食を食べ終わり、あまり日の当たらない小さなテーブルに移動する。この時既に、大半の文献が揃っていた。静かにそれをめくっていくと、自然と綺翔は足下に来て、エリーゼは側に控える。
あまり気にせず、高耶は文献の解読に夢中になった。
昼の時間の少し前だろう。日の入り方が変わったなと思った所で顔を上げると、源龍と迅が帰ってきていた。
「あ、お疲れ様です。外はどうでしたか?」
高耶が声をかけると、エリーゼが近くのソファを二人に薦める。
「っ、うん……かなり怨霊が出てきていたんだけど、迅君が浄化剤になってくれたよ」
「迅くん……」
初めて源龍から聞く呼び名に少し目を見開く。
「そういう龍ちゃんも、キラキラ浄化してたじゃんっ」
「……龍ちゃん……」
そんな呼ばれ方をする源龍も聞いたことがない。
「キラキラとか言わない。あんな、術も使わずに浄化できるなんて初めて知ったよ」
「いいことじゃないですかあ。でも、俺もこれでようやく確信しました! 高耶くんの事考えてる時とか、話してる時って、黒い空気がどっか行くんですよっ」
「……」
何を言い出したのか意味不明だった。迅の言葉は続く。
「もしかして、高耶くんって怨霊や妖にまで有名!? って思ってたんだけど、アレは俺の高耶くんを想う気持ちに恐れをなしていたんですねっ。純粋な想いは強いって言いますもんねっ」
「……」
こいつは何を口走っているのだろう。綺翔がのそりと起き上がって高耶の前に座る。エリーゼはどこに持っていたのか、塩を袋で持ってきていた。黒艶だけは、ふむふむと頷いている。
《……主の身が危ない……》
《ヤバい奴やん》
《なるほど……これがBエ……っ》
「黙ってろ」
《う、うむ……》
咄嗟に黒艶だけは黙らせておいた。
「それでも、影響はかなり出てきているんですね? 昨日来た時は、まあ多いなという程度でしたけど、それより?」
気を取り直して源龍に確認すると深く頷かれた。
「何ていうか……一人居るかなと思った所に五人くらい居るんだよ。私でも気持ち悪いと思ったね」
「……それは気持ち悪いですね……」
普通に想像して引いた。
「そんな中を、高耶くん自慢する迅君が歩くと普段くらいに減るんだ。凄いよね〜」
「それほどでもありますかね!」
「……」
意味が分からないながらも引いた。
《それは凄い! 憧れや愛だけで浄化するとは! それも主殿への気持ち……お前は見どころがある!》
「ありがとうございます!!」
「……」
高耶の式神、黒艶に褒められたことで、迅は感動していた。もうなんだか、二人で意気投合しているようなので、迅は黒艶に任せた。
なので、二人のことは視界から外して、源龍へ声をかけた。
「こっちは主に霊穴の記録を漁ってたんですが……じいさんが言うほどの大きさの霊穴は、自然には開かないそうなんです」
「それって……誰かが? あ、ここの……」
「いえ、それも考えましたが、順番が違います。大きな霊穴が開いたことで、封印されていた鬼が力を持つまでになったのだと」
「そうか……なら、誰が……」
誰かが何かしなければ、霊穴は大きく開くことはない。ならば誰なのか。
「怨霊や妖の気配が強すぎて、ここからでは探れないんですよね……」
「だからって、いくら高耶君でも近付いちゃダメだよ?」
「……はい……じいさんにも言われて……代わりに見てくると言って出て行ってから随分経つんですが……」
充雪は神格を持っている。だから、霊穴の影響も受けない。調査するにはうってつけだ。だが、その充雪が昨晩から帰ってこないのだ。
その後、とりあえず昼食を取ろうということになった。
「それにしても、凄い量の文献だね……連盟でも見たことないのがありそうだけど……」
源龍も当主ということで、他の人よりも遥かに多くの文献に目を通している。一族で管理している文献の中に連盟の方で共有すべき資料があるかどうかを確認するのも当主の仕事だ。
「大半は、日凪家の分家の雛柏から預かったものや、借りているものです」
「日凪家?」
「最近はあまり出てきていないようですね。次の代か、その次の代で引退するというのも考えているみたいです」
「……なんで詳しいの? 秘伝に縁が?」
力が薄くなっていることでこの業界から引退するというような話は、中々外に話さない。もちろん、首領会の一員である高耶や源龍ならば、そういった話を知っていてもおかしくはない。後の処理など、引き受けなくてはならないことは多いのだから。
だが、それでも報告として聞くのは、確実になってからだ。噂でも聞けるものではない。それこそ、一族と親しい関係でもなければ、簡単には口にしない。
「大学の教授なんですよ。雛柏の当主が。大学を勧めてくれたのもその教授で、知り合ったのも何かの縁だとか言って、ついでに少しずつ危なそうなものを引き取ってるんです。意外と、日凪本家より、雛柏の方に重要なのが多くて助かってますよ」
「……なるほど……」
高耶の場合、当主であるにも関わらず本家に入れない。だから、本来の当主としての役目である蔵書の管理もできていないのだ。その仕事がない分、雛柏教授から見せてもらう文献を整理していたというわけだ。
「雛柏教授は顔が広くて、博物館とかに寄贈されている文献も、ほとんど電話一本で見せてもらえるように取り計らってくれるんですよ」
「……そんな人に伝を持ってる高耶君にびっくりだよ……」
「そうですか?」
そんな話をしながら昼食を終える頃。充雪が難しい顔で戻ってきたのだ。
『源龍に良く似た鬼渡の女を見つけた』という報告と共に。
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