164 お灸を一つ
2020. 4. 16
綺翔が前足で押さえ込んでいるモノ。それを高耶と源龍は冷静に床に屈みこんで確認した。
「エリザベスとか」
「マリーもあるんじゃない?」
冷静に観察した結果、出たのがそれだった。
しかし、ソレがジタバタと激しく手足を動かしながら叫ぶ。
《エリーゼ!》
「「そっちかあ〜……」」
高耶も源龍も頭に手を置いて悔しがる。
「え、えっと……何が起こっているんだい?」
陽が恐る恐る問いかけてくる。振り向くと、三人でソファに隠れるようにして固まっていた。
「あ、視えるようにしますね」
綺翔が何をしているのか分かれば、多少は落ち着いてくれるだろう。
そうして、部屋に術をかける。
「……なるほど。エリザベスだね」
「確かにマリーもありそうです」
「う〜ん。僕としてはフランソワーズとか」
目にしたのは、フランス人形。それがジタバタしている。あまりにもあり得ない光景過ぎたのだろう。普通に冷静になったようだ。
「……エリーゼらしいです」
「「「そっちかぁ!」」」
冷静だ。
「綺翔、あまり乱暴はしないように」
そう注意すると、綺翔は人化して立ち上がる。その手にはフランス人形に見えるソレを掴んだままだ。
《……主様の邪魔……してた》
《っ、っ、う、んっ、離してぇやっ》
ジタバタともがくソレだが、綺翔の手はびくともしない。綺翔の金に光る目が冷たい視線を射る。
《……潰す……よ》
《っ……》
ピタリと動きが止まった。人形にしか見えないのに、顔色が一気に悪くなった。
《た、助け……》
《主様に……媚びを売るな》
《すんまへん!》
「ん?」
ちょっと訛っているように聞こえた。
《う、うちかて、好きで邪魔しとんとちゃうっ。邪魔すんのが仕事やねんっ。うちは悪うないっ》
「……訛ってますね」
「本当だね……あっちの方に居たのかな。あの見た目でコレは……違和感すごいね」
金髪の巻き毛。赤を基調としたひらひらとしたドレス。バッチバチのまつ毛に青い瞳。それが関西弁。驚くだろう。
《それ偏見やん! ゴスロリで何が悪いねん!》
「あ、自覚あったんだね」
《うっ……やって……他と一緒やと面白ないて……さっちんが言ってん……やで、勉強したんよ……》
関西弁は努力の結果らしい。
「さっちんってのは?」
《……主様の質問……答える》
《い、いややっ! こないなクールビューティを使役しとるんリア充なんて許されへんねん!》
《……主様……黒を呼ぶ……上下関係……教えるべき》
「ああ、闇の子か。なら、ちょっと休憩する間頼むか」
《っ!?》
高耶が召喚のために一気に力を溜めたことに気付いたらしい。自称エリーゼはぶらんと四肢の力を唐突に抜いて口をポカンと開けた。ちょっと気持ち悪い。
「【黒艶】」
喚び出した黒艶は、なぜかタイトドレスだった。
「っ!?」
陽達が息を呑むのが分かった。高耶だってびっくりだ。
「……なんでその格好なんだ……」
《む? 主殿が男ばかりで仕事と聞いたのでな。どうだ。花を添えてやったのだぞ?》
迫ってくる黒艶。だが、その高耶との間に綺翔が入り込む。黒艶の胸にぶち当たっていたが、綺翔の表情は変わらない。
《……その邪魔なの退けるといい》
《綺翔……前々から我の胸を邪魔にするのはどうかと思っていたが……羨ましい……わけではなさそうだな。本気で邪魔か!? せっかくの女体なのだぞ? 主殿を喜ばせ……っ》
《削り取る?》
《……その本気の目を止めんか……分かった。これでどうだ?》
最近の普段着となった黒艶に、綺翔は頷くこともせずに手で掴んだままになっているエリーゼを突き出す。
《む? 家守りか?》
《主様の邪魔をする……主様をリア充と……潰したい》
潰したいと聞いて、黒艶は高耶の表情を確認する。呆れたように首を振ったのを見て察する。
《うむ。よく分からんが……理解した。ちょっと聞き分けよくすれば良いのだな?》
《ん……すり潰す》
《っ!?》
《分かった分かった。少し預かるぞ》
黒艶がむんずと掴み受けて玄関の方へ向かった。家守りであるエリーゼは、簡単には家を出られないので、そこは考えてくれるだろう。黒艶はふざけるのも好きだが、きちんと意図を察してくれる。
「とりあえず……休憩しようか。いっぱいいっぱいみたいだしね」
「ですね……」
源龍の提案に頷く。そして、目が合った修が同意して立ち上がった。
「お茶をしようっ。その時に……あの人形についても教えてもらえるかな」
「はい」
その後、全員がソファに腰掛けてようやく息をつくのだった。
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