135 甘えたな家出少年でした
2019. 10. 15
高耶は窓からではなくきちんと入り口に回る。と言っても、降り立ったのが宮殿の中庭なので、正式な入り口ではないのだが、何はともあれ、宮殿の中に入った。
外は吹雪いていたが、中は静かなものだ。否、悲鳴は聞こえている。乱暴なことをしているわけではないだろうが、黒艶が面白がっているのは分かる。
そこに執事ではなく、ウエイターが一人やってくる。ここはレストランを主としているのだ。宿泊も一応できるが、いるのはウエイターやメイドだった。
《このような時分にご足労いただくことになり、申し訳ございません。当レストランの見習いシェフがご迷惑をお掛けいたしました》
「いや、というか、見習いにしたのか」
《はい。どうしてもと頭を下げられまして……》
「そうか。悪かったな。アレは回収していく」
《ご随意に》
そこで廊下を黒艶に半ば担がれてやって来る人物へ目を向けた。
《捕獲したぞ、主殿》
「ああ……伶か……」
「っ!? た、高耶兄……っ」
ビクリと体を震わせる少年を、黒艶はくるりと背中から引っ張り回して高耶の前に置いた。
高耶は腕を組んで彼を見下ろす。
彼の名前は由姫伶。年齢は今年で十五才で中学三年。多感なお年頃な彼はよく家出をする。
「……黒艶。もう一人居るはずだ」
《おっ、やっぱりこやつは兄の方か。あやつめ
、相変わらず囮に使うのが上手い。どれ……遊んでやろうぞ》
黒艶が再び宮殿の奥へ向かって行った。その目は捕食者のそれだ。獲物と認識された彼は、今頃恐怖で震えているだろう。
「まったく……伶、とりあえず津に出てくるように言え。それで雪を止めろ」
「はっ、はい。ごめんなさい……っ」
伶には双子の津という弟がいる。その弟も家出の常習犯だ。そして、理由が『花嫁修行』らしい。瑶迦から聞いた時は津だけだと思ったのだが、伶が付き合わされていたようだ。
双子であるためなのか、伶と津はテレパシーのようなものが使える。要点を伝えるだけの短い言葉しか無理なようだが、それでも伝わるものは伝わるので便利だ。
しばらくして、悲鳴が響いた。
ずるずると少年が黒艶に引き摺られてやってくるのが見える。そうして、津は乱暴にヒョイっと投げて伶の隣に転がされた。
「いっ、痛ったぁいっ。絶対にお尻が赤くなったよっ。アザになったらどうすんの!?」
《なにを言っておる。新しく出来たものかどうか分からんだろう》
「どれだけ子どもだと思ってるのさっ。もう青くない!」
《見えておらんだけだろうて》
伶と津は黒に見える濃紺色の髪を持っている。瞳も青みがかっていた。真っ白な肌は女性達が羨むもので、髪を伸ばして三つ編みにしているせいで装いが男物であっても少女に見えてしまう。
兄の伶はそんな見た目が嫌で、男らしく強くなろうと努力中。ただ、優しく面倒見の良い彼は、度々弟に振り回される。
弟の津は、見た目に逆らわず女になることを目指している。最大限に自身の見た目を利用することを考えており、世渡り上手だ。
反省する様子のない津に、高耶は顔をしかめながら声をかける。
「津……家出先で迷惑をかけるとは良い度胸だな」
ギリギリと意思に反しながら振り返る津。
「っ……た、高耶に、兄さま……っ、だ、だって、に、兄さまが来たのに……こっちに来てくれなくて……それで……っ、ひっ、ごめんなさいっ!!」
どうやら、高耶がこの世界に来たと知って、会えることを期待していたというのに、会いに来てくれなかったことに拗ねていたらしい。
「はあ……制御が出来ていないわけではないな?」
「も、もちろんよっ。あれだけ兄さまに訓練に付き合ってもらったんだものっ」
「ごめん、兄さん……俺が止めなかったから……」
数年前。彼らの両親と仕事で付き合いのあった高耶は、上手く力をコントロールできなかった双子の訓練に付き合うことになった。それまで制御するための封印術を施さなければ、学校どころか家から出ることすらできない状態だったのだ。
雪を操れる彼らの修行は、当然のように雪山で行われた。そこで一年近く時間が許す限り訓練に付き合ったのだ。
これにより、彼らが高耶を異常なくらい慕っているのは不思議なことではない。
「……反省はしてるんだな?」
「「はい!!」」
返事も素直だ。
「仕方ないから、俺が泊まっているホテルに行くぞ」
「やった!」
「良いの? 兄さん」
津の方は気にせず喜ぶが、伶は申し訳なさそうだ。
「ああ。俺の家族や他にも知り合いが居るから行儀良くしろよ?」
「わかってるよ♪」
「津! 兄さん、迷惑かけないように気を付けます」
苦労性な伶の頭を慰めるようにポンポンと叩くと、高耶は苦笑しながら背を向けた。
「行くぞ」
「「はい!!」」
《やれやれ》
呆れる黒艶の背に乗り、高耶と双子はホテルへ向けて飛び立った。
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